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千億の光、遍く世界を見守り  作者: マツヒラ・カズヒロ
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オスナブリュック事件 4

先ほどの状況はそれほど末期的な状況ではないのではないだろうか?

ユリウスは救難信号をすでに到着した救援部隊に向かって連続で送信しながらそう思った。

結論から言ってしまえば、オスナブリュック号は一五日までの救援部隊合流という第一目標をついぞ果たすことができなかった。

代わりといえばいいのかわからないが、救援部隊はその一日と半日前に合流宙域に到着したとの報せがオスナブリュックに届いた。事実、艦載三次元レーダーには指定された通りの八つの艦影が移っているのが確認できたという。

「指揮官はよっぽどの反骨心を持った人間かせっかちなんだろうなぁ」

との言葉を漏らしたのはパストーレ兵站課長の言である。

ともかく、オスナブリュックは先ほどよりも危険な状況に陥っていた。

第五惑星に差し掛かったあたりからしつこく付きまとっていたスクーナーに、他の二隻のスクーナーが合流し苛烈な攻撃を仕掛けてきたのだ。

しかも合流した形が偶然にも挟み撃ちの形になったのが運の尽きであった。上下左右から攻撃を食らう羽目になったのである。

ここでついに死傷者が出てしまった。左舷第三砲座にてエリクセン砲雷長の指揮を受けながら演習弾で迎撃をしていた班の担当の砲座に、直撃弾が命中したのである。

さらに不運なことに流れ弾が食料貯蔵区画に直撃、残り九日分の食糧は勢いよく虚空へと投げ出されることとなった。

ここにおいて、降伏してしまおうとする一派が独断で救命艇の一隻に搭乗し無断で脱出する事態が発生した。艦橋スタッフが気付いた時、彼らは行方不明となっていた。

「くそったれ宇宙海賊どもめ!どうして俺たちがこんな目に…」

軽口のシャルダンでさえ、コンソールを叩いて自分たちの運命に毒づく有様であった。自分の航路計画が結果としておじゃんになったのでなおのことであった。

艦橋スタッフの面々はほとんどが厳しい顔つきか涙を流しているか苛ついているかの表情を表していた。変わらぬ表情をしているのはハウプトマンのみであった。

「…救援部隊に動きはありますか?」

エリザベートがリュプケ電信長にそう問いかけた。気のせいだか彼はその表情から疲れがたまっていることを読み取れたような気がした。

「まだ動く気配はありませんね。残る食料も何もない我々にとってしてみればさっさと動いてほしいものですが。」

リュプケはそう言い終えると指を組んで厳しい顔つきでコンソールの画面を見つめた。館内にはたちまち重苦しい雰囲気が漂ったままであった。

ユリウスはふと艦長席に座るエリザベートを見やった。

俯いていて表情こそ伺うことはできなかったが、肩の震えから艦長としての責任感と死人を出してしまったというやるせなさが同時に押し寄せているのが見て取れた。

彼女は艦長代理として平時も、危機に陥った時も常にリーダーとして艦を引っ張っていこうと試みたが、何分経験が少なすぎた。

自分の指揮が死人を出してしまった。それだけでも彼女の小さな心が押しつぶされようとしている。艦長としてそれはどうなのだろうかと誰かは思うかもしれないが、しょうがないことかもしれない。ユリウスはそう思った。

続いて彼は通信管制用コンソールから右斜め前方に存在する火器管制用コンソールに目を向けた。

そこに彼、カール・エリクセン候補生はいたはずだった。金髪の、角刈りの生真面目な男がいたはずだった。

左舷第三砲座に敵弾が直撃した時、情に厚い彼が取った行動は義理尋常的な視点から称賛されるべきものではあるが、冷静な視点で見るととても称賛できるようなものではなかった。

彼は迎撃指揮をリュプケ電信長に丸投げして、第三砲座にいる班の人員のもとに向かったのである。その過程で発見したハウプトマンの保安係に危うく捕まりかけたが、彼はその持ち前の運動神経の良さで難なく切り抜けた。

彼が第三砲座にあともう少しで到達するとき、第三砲座近くのブロックは装甲壁に穴が開いており、今にも真空状態になろうとしていたところであった。

閉鎖シャッターを閉めるのが寸分遅れたその区画に耐圧扉を開けていざ救出に向かおうとしたところ、彼の体は勢いよく宇宙空間へと投げ出された。

ハウプトマン候補生からすべてを聞いた時にはすべてが遅かった。またしても、しかも重要な艦橋スタッフが短慮な行動で命を失ってしまった。

これもまた状況が作り出してしまったものだろう、とユリウスはふと思った。エリクセンは生真面目で情に厚く筋骨隆々のいい男であった。そのような男がこのような状況で強硬に駆られて死んでしまった。彼の死は状況に殺されたといってもよいくらいだった。

ふと、ユリウスは出航前にスモレンスクの宇宙船発着場にあるカフェにて彼と何かしらの話をしたことを思い出した。それは音楽の志向に関するものであった。

その時はシャルダン、エリクセン、パストーレ、そして自分がその話に参加していたはずだった。自分は精霊たちの偉業をたたえた帝国正教の宗教歌、シャルダンは自由革命期の革命歌、パストーレは意外にも貴族たちが聞くような古典的音楽、そしてエリクセンはテオドール大帝期の民衆音楽が好きであることがそれぞれ確認できたものであった。

この非常事態にいったい何を考えているのだ、とユリウスは首を軽く横に振って正気に戻った。

そういえば。

ふと、彼の脳内に一つの泡が生じた。別に名案だとかそういった類のものでないのは確かであったが、ないよりはましであるという類の泡であった。

「艦長、駄目で元々ではありますが、敵通信網にジャミングを仕掛けましょう。」

ユリウスは浮かび上がった泡を言葉に直して、俯いている艦長にそう進言した。

「敵通信網にジャミング、ですか・・・?」

艦長は後悔と疲労がたまったうつろな目を彼に向けてそう言った。

「敵通信網にジャミングだと!?敵の使っている周波数もわからないのにそんなことできるかぁ!」

シャルダンはユリウスの提案に対して吠え立てるように抗弁した。

「正確に言うと全周波数でジャミングをかけます。敵がどのような周波数を使うか分からない以上はそれしか方法がない。」

ユリウスは一通り発言すると、いったん呼吸して心の動静を整えた。

「・・・全周波数ということは帝国軍が使う周波数も対象に入るというわけだ。ユリウス、君は救援部隊にもジャミングをかけるつもりかい?僧だったらすなわち僕らの首も締まるというわけだ。締まるのは財布のひもだけにしてほしいね。」

それまで平静を保っていたパストーレ候補生が口を開いた。

「・・・何もそのままジャミングをかけるつもりはない。第一、この間は巡洋艦であって電子作戦艦ではない。そんな大それたことはできないさ。」

「じゃあ何でジャミングをかけるつもりなんだよ!!」

シャルダンが苛つきを弾丸にしてユリウスに吠え立てた。刹那、ハウプトマン候補生が「静かにしてください」と彼をいさめた。

「音楽。音楽を全周波数に乗せて大音量でかき鳴らす。」

ユリウスはここで泡の真価たる内容を口に出した。電子作戦艦ほど豪華な設備は無けれど、音楽をかき鳴らして妨害あたりはできるはずである。そう彼は踏んだのであった。

「でも音楽なんてどこから出すんだ?この艦はそう言ったデータは入っていないぞ?」

今度は一連を聞いていたリュプケ候補生が彼に尋ねた。そのようなデータは確かにこの艦の作戦用総合データベースには入ってはいないが、彼は確かに音楽のありかを知っていたのである。

「パストーレ補給部長はもう知っているはずだが、俺かシャルダンかエリクセンかお前のいずれかが隠して持ってきているはずだ。音楽のデータが入っている端末をな。」

「確認してみるよ。・・・ああ、確かに。誰かさんがこっそり持ってきた奴があるね。」

シャルダンが確認している間、ハウプトマン候補生の冷たい視線が、名前を挙げられた候補生たちに突き刺さった。

「・・・ユリウス候補生、シャルダン候補生、パストーレ候補生。あなたたちこっそり私物を持ち込んでいたんですね。立派な規則違反ですよ。」

ユリウスはシャルダン、パストーレ、そして今は亡きエリクセンの定位置に目を向けると、謝罪のしぐさを示し、すぐさまに向き直った。彼らには生還したら生還したで何かおごってやらないといけないな、と彼は思った。

「お言葉ですが保安長、もう持ち込んでしまったものは仕方ないでしょう。我々にできることは今ある物の有効活用のみです。」

彼が言い放った後、ユリウスは通信用端末をいじって動ける乗員に端末と接続機器を持ってくるよう、指示を出した。



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