四年ぶりのヒューネル
懐かしさを感じながら扉を開けると見覚えのある姿が見えた。
その見た目は四年経ってもほとんど変わっておらず、むしろ少々色気が増したんじゃないかという位だ。
「いらっしゃいませ、宿泊ですか?」
朗らかに笑うのはこの宿の店主ファナさんだ。
「えっと……その、お久しぶりです」
もしかしたら覚えていないかもしれない。
不安を感じていると、ファナは首を傾げ少し間を取ってから何かに気づいたような顔をする。
「間違ってたらすみません。もしかして……ハヤトさん?」
「はい、ハヤトです! お久しぶりです」
覚えていてくれたようで嬉しい。
思わず笑顔になるとファナさんは俺の両手を握った。
「わあ! お久しぶりです! 誰だったかなって考えちゃいましたよ! すっかり大きくなって」
暫く懐かしんでからファナは広間の椅子を勧めてくれた。
料理をご馳走してくれた。
食後一息つけていると飲み物を持ってきて座る。
「本当に久しぶりじゃないですか、何年ぶりでしたっけ?」
「四年でしょうか、まさか覚えてくれているとは」
「覚えていますよ。ミスミさんがハヤトさんを連れてちょっと出てくるって言ったまま帰ってこないんですもん。確かに料金は置いてあるし荷物は全部持っていくしおかしいなと思ってたんですけど」
「大丈夫ですよ、俺もちょっと出かけるから準備しろって言われたから夕方には戻るのかと思ったらそのまま山登りだしたんですもん。まさかそのままいくつも山を越えた場所で四年間戻らず修行の日々とは……」
思い出すと今でもあの時の光景を思い出す。
本当あの人は何でもないような口調で言うんだもんなぁ……。
「あれ、そういえば彼女は一緒じゃないんですか?」
「ミスミさんは俺がこっちに戻る時に別れましたよ。放浪するのが好きだそうで」
「そうなんですか。あれ、じゃあハヤトさんが戻ってきたのは?」
「勿論、ローファス家、リア様に仕えるためですよ」
自信満々に言うとファナは目を丸くしてから目を伏せる。
「……あの、何か?」
「本気ですか?」
「え、ええ……そうですけど」
どうしたのだろう?
急なトーンの下がり方に首を傾げているとファナは険しい表情をしながら言う。
「リア様は現在幽閉されています」
「ゆ、幽閉? ちょっ、どういう事ですか?」
「ハヤトさんは四年いなかったのでご存じないと思いますけどまず、レイル・ローファス様は以前の襲撃事件の傷が元で死去されました。そしてその後はナフタ様が継ぎました」
「ああ」
死んじゃったのか、あの時の俺にもっと力があったなら……。
思わず拳を握ってしまう。
「まさか幽閉はお兄さんが?」
「確かにナフタ様とリア様は今後の事で対立して縁談話もありましたが、その話が決まる前にナフタ様は死去されました」
「え、何故?」
「クーデターです。レイル様の頃から経済面で補佐していたディーナス・ロウ様、そしてその下で軍をまとめていたエムロ・ディスカープ様の両名が反乱を起こしてナフタ様を殺害して、現在ヒューネルの街はお二人の物です」
「そんな……」
俺がいなかった間にそんなことが。いや待て。
「何故その状況でリア様が生きているんですか?」
普通そうなったらリア様も殺されている所なのでは?
「リア様は恐らくお二人どちらかと結婚することになると思います」
「は? どうしてそうなるんですか」
「私も政治は詳しくないので聞きかじりですが、ディーナス・ロウ様がリア様と結婚し子を産ませれば一応ローファス家の後を継げるから……との事です。今はまだ王都からの返事が返ってきてないので何も動いていないそうですけど」
「あ、あー……」
なんとなくわかった気がする。
伯爵領はあくまでも王から認められて伯爵に与えられた土地だ。
じゃあ伯爵がクーデターで殺されたなら?
王としては認められないよな、王国軍が出て来る。
しかし、リア様はローファス家の正統後継者だ。そのリア様と結婚したなら?
そのまま攻められる事無く伯爵領が手に入る。
でもそれ子だけ生ませてリア様は殺される可能性もあるよな。
「助け出さなきゃ」
俺の呟きにファナが反応する。
「む、無理ですよ! 兵二千はいますよ。一人じゃ無理です」
二千かぁ、行けそうな気がするけど。
「でもこのまま待っているわけにはいかないでしょう」
「……ちょっと待っていて下さい」
ファナは少し黙ってから席を外す。
少し経ってから一枚の紙を机に置いた。
「これは?」
「手紙です。ヒューネルの街に入ってすぐ壁に沿って左に歩いて行くと雑貨屋がありますのでそこの店主にこれを見せてください。きっと力になってくれると思います」
「でもどうしてこれをファナさんが?」
ファナは目を細めた。
「ローファス家には私の父の代からお世話になっています。どうかよろしくお願いします」
ヒューネルの街の外門に着くが以前と違い兵士は立っていなかった。
どうやら今は誰でも自由に入れるようだ。
早速言われた通り壁に沿って歩いて行くと目的の店が見える。結構大きな店だが店部分は小さく居住部分の方が広いように感じる。
店の中に入るとカウンター越しにやる気なさそうに店主がいらっしゃいと言われる。
一見やる気のない店主に見えるがその目は俺の一挙手一投足を観察しているようだ。
「何をお入り用ですか?」
「これを」
ファナから貰った手紙を渡すと店主はそれをやる気なさそうに見てから手紙を返し、指で暖簾の付いた通路奥を指す。
歩いて行くと扉があり、ノックすると鍵が開き中に入れてくれた。
「若いな……行きな」
更に奥へ行くと広い部屋の中、真ん中の机の上に載った地図を睨んでいる男達が数人。
その中に見覚えのある顔がいる。
一番偉いであろう初老の男が歩いてきた。
「誰の紹介だ?」
「ファナさんです、街道沿いにある宿の」
手紙を渡すと男は手紙を見てから目だけでこちらを見る。
「お前、魔法使いか」
「はい」
「どの位の敵を相手に出来る?」
「兵士二千位なら」
「おいおい、随分と吹くじゃねえか」
嘘だと思ったのだろう、周囲で聞いていた男達が笑った。
しかし、目の前の男だけは「ほう……」と呟いただけで真剣な表情で俺をじっと見つめる。
暫く俺を見た後、男はゆっくりと口を開く。
「ローファス家に何か恩でもあるのか?」
「昔、リア様に命を救われましたので、俺も助けるために全力を尽くします」
男がピクリと眉を動かす。
「その言葉、命を掛けられるか?」
「はい」
俺が即答したからだろうか、男はふっと笑ってから指でこっちに来いと合図する。
そして机の上の地図を指した。
「リア様は内門の中、王宮の離れに幽閉されている。中に入る道はある。緊急脱出用の道が。しかし奴らは我々がリア様を取り返しに来ることを警戒している為、正面からは難しい」
分かったかと言いたげに、ちらりとこちらを見る。
「続けてください」
「作戦としては正面で大きな火種を作り警戒をそこに持って来る。その間に別動隊で隠れた道を通って奪還する。問題はその火種だ」
ふう……と男は息を吐く。
「こっちで動かせる兵隊は二百も無い、起こす火種が欠けていてどうにもならない状況だ」
なるほど、要するに内門の正面で暴れて警戒を前に向けている間にこっそり奪還するって事か。
ただそれを誰も出来ないからって話ね。
まあ、二千を相手に二百じゃね……理解した。
「その役目俺に任せてもらえますか?」
「何人欲しい?」
「一人で良いですよ」
「一人?」
再び周囲に笑いが起きる。
「馬鹿か」、「一人で何が出来るってんだよ」、「餓鬼が、失敗したら終わりなんだぞ」
毒づく周囲の声を男が手で止めた。
「本当に一人で出来るのか?」
「可能です。元々ファナさんの勧めが無かったら一人で突っ込むつもりでしたので」
「……よし、ならそれで行く。デフ!」
「ははは……はい?」
「人を集めろ。すぐに行くぞ」
「え、本気でこれに火種を任せるつもりですか? どうせガキが偉そうに大口叩いているだけですよ?」
デフという男はうすら笑うが、それに対し男はじろりと睨む。
「……同じ事を言わせるな」
「かぁ……分かりましたよ。集めりゃいいんでしょ」
デフと呼ばれた男はじろっと俺を睨み舌打ちまでしてから歩いて行った。
「……私はリヒトだ、お前の名前は?」
「ハヤトです」
「そうか、お前も準備を始めろ」
「分かりました」
返事を聞くとリヒトは更に奥の部屋へ歩いて行った。