とある商人のとある出来事
「ぐっ……うぅ……」
雇った腕利きの魔法使いが倒れ、盗賊達が一斉にこちらを向く。
「さあ、次はお前の番だ」
私は頬に滴る汗を感じながらどうしてこうなったのかを思い出す。
それは一月前の事。
西で戦争が起きているという情報が入ったため、行くのを止め、東に進路を取った。
ただ、東は西と違い大国が少なく治安はあまり良くない。よって行く前に冒険者ギルドでA級相当の傭兵を護衛とした雇った。
魔法使い一人に剣士三人。どれもA級だ。
高い金だったがそれでも命には代えられない。
彼らはでかい口を叩くが能力は優秀で良い買い物だったと思った。
順調に進んでいたのだが、魔法使いが言う。
「旦那、この辺に盗賊団がいるらしい。旦那は商人と聞く。奴らの蓄えている宝を奪って売ったら得にならないか?」
A級傭兵のアドバイスだ。
盗賊は怖いがこいつらがいれば確かに儲けられるか……。
「分配はどうするおつもりですか?」
「全部旦那の物で良い、その代わり売れた額の三割を俺らに分けてくれ。俺らが宝の三割貰って売るより旦那が高く売った額の三割の方が額は大きいだろ?」
なるほど、同じ宝でも商人である自分が売った方が利益出るだろ? って事だ。
傭兵にしては聡いようだ。
危険はあるが私は今まで危険な道を進んでも不思議と上手くいった。
きっと今回も上手くいくか……。
「分かりました、ではそうしましょう」
「よし、交渉成立だ」
傭兵達は見るからに張り切っている。
これは本当に良い買い物だった。
それまではそう思っていた。
しかし、現状はどうだ。
「後ろからとは。ひ、卑怯な……があああ!」
「うるせえよ」
盗賊はあっという間にとどめを刺してしまう。
護衛四人はあっという間に全滅した。
盗賊を舐めていたのだ。
盗賊は数十どころか百人近くいた。
百対四、だがこれが平野なら魔法使いがいる。圧勝だっただろう。
しかしここは森の中である魔法を使った所で当たるのは少数。その間に剣士がやられ、後方にいた 魔法使いは前後左右から攻められ、詠唱している間もなくあっという間に倒されてしまった。
残されたのは自分と部下の御者だけである。
盗賊のリーダーの男が一人近づいて来る。
「馬車二つかぁ、こんな整備されてない道によく来たなあ。もう逃げられねえぜ」
盗賊の言う通りだ。
道が狭く荒いため速度が出せない。それは逃げられないという事だ。
ああ……傭兵の話を聞かず黙って下の街道を行けばよかった。
「へへへ、おらさっさとこいつらを殺すぞ」
「ひ、ひい!」
終わった。私の人生はこれで終わった。
ああ、これまで必死で拡げた人脈も培ってきた商売ノウハウも無駄に……。
人生の終わりを悟っていたが、ふと盗賊の動きが止まったことに気が付く。
一体何が起きたのか、見ていると盗賊達は後ろを見ているではないか。
「てめえ何しやがった」
盗賊の声音に若干の怯えが感じられる。
目を凝らし隙間から見ると盗賊が十数人倒れており、更にそれを遠巻きに取り囲んでいる。
真ん中にいるのは一人の少年だ。
ボロボロのフード付きの服を着た少年。
このあたりじゃ珍しい黒髪黒目で端正な顔。身長は小柄、顔を見る限りだとどう見積もっても十五より行ってないだろう。
少年は倒れている傭兵達に近づいて。
「ああ、死んじゃってる。音を聞いて急いで来たけど遅かったかぁ」
残念そうに呟いている。
盗賊のリーダーは手を少年に向ける。
「ガキだと思って容赦するな。一斉にかかれ!」
号令。
盗賊達は前後左右から襲い掛かった。
あれで傭兵達は陣形を作っても倒された。きっとあの少年も……。
私は思わず目を瞑ってしまった。
大きな音と静寂。
終わった。
恐る恐る目を開く、そして驚いた。
立っていた。
少年は何事もなかったかのように倒れ伏している盗賊達を尻目に立っていたのだ。
残った盗賊達も襲い掛かるが全てが少年の白打で返り討ちに遭っている。
そして残ったのは結局盗賊のリーダーの男ただ一人だ。
男は剣を抜き少年に近づいて行く。
「……剣も効かねえってどういう事だ」
「これですか? んーと、言って理解できるかは分かりませんけど魔力です。魔力を身体の外に出してそのまま表面に固定しているので魔力より柔い武器は俺には当たりません」
「魔力だぁ? てめえ魔法使いか。なら何で素手で戦ってんだ。普通魔法使いは後ろで詠唱なりやってるもんだろ」
「らしいですよね、でも師匠は魔法使いなら近接戦闘も出来て当然だって考えの人なので結果的にこうなりました。それより」
少年はぼんやりとした目で盗賊を見る。
「お願いなんですけど、ここは引いて貰えませんか?」
「は、はは……ふざけんな。そんな真似出来るかよ!」
男が少年に剣を振り下ろした。
――だが。
「んなっ!?」
男が口を大きく開けて驚く。
剣は少年の身体の前で止まっていた。
「しょうがない」
少年の拳が消えた……と思った瞬間。
「この前は竜人で今度は化け物魔法使いか、ついてないなぁ」
男は糸の切れた人形のようにどさりと倒れた。
「すいません、ご一緒させていただいて……」
現在私は命の恩人である少年を馬車に載せながら道を進んでいる。
傭兵として……というよりは旅仲間としてだ。
少年は近くで見ても強そうじゃない。
顔もやはり幼く盗賊百人を倒せるように見えない。
話している感じも素朴で私欲もない性格の良さが感じられる。
「なんですか?」
じろじろ見すぎたのだろう。少年が警戒したような目でこちらを見てくる。
私は手を振り危害を加える気はないと合図した。
「いえいえ、ところで本当に傭兵として私の下で戦う気はないですか? 給金は高いですよ」
私は少年に高い金を提示した。それこそさっきの傭兵四人に払っていた金額の数倍だ。
しかし、少年は固辞した。聞けばもう仕える主は決まっているとの事だ。
その人の倍の給金を出すと言ったがそれも固辞された。
金の問題じゃないらしい。
商人の自分にとっては金で買えない物があるという事自体があり得なく、それでいて更に欲しいと思ってしまう。
ああ……この少年の主が羨ましい。
――が、往生際が悪いというのは良くない、諦めるとしよう。
暫く進んでいくと少年が言っていた通り、街道沿いに立った宿が見えた。
確かこの辺はとある貴族の領地だったか。ふむふむ……。
「ありがとうございました」
少年が馬車から降りて礼を言ってくる。
「いえいえ、こちらこそありがとうございました」
私も礼を返す。ありがとうという言葉は本当だ。
何しろ少年がいなかったらあの時私の命は尽きていたのだから。
――と、忘れる所でした。
「私は商人ケルンと言います。貴方の名前を聞いても?」
「俺はハヤトです。それじゃ!」
少年はそれだけ言い走っていく。
ハヤトさんかぁ……。
私はその名前を心でもう一度唱えてからふと思う。
危険な目に遭ったけど今回も上手くいったなぁ。
それに良い人にも出会えたし、さあ、新しい土地で商売を始めるか。
私は宿を抜け、近くにあるという街を目指した。




