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役立たず

「これがそんなに凄いものなのかな……?」


 許可証を大事に仕舞いながらハヤトはヒューネルの舗装された石畳の道を歩いた。

 中は正方形の形をしており、中央に高い屋敷とそれを囲む壁。外より低い城門があり、どうやら中と外でそれぞれあるようだ。中の城門……内門から外の城門までの一本道が大通りとなる。


 小道だけを言えばもっと複雑なのだ……とは宿の主人であるファナ談だ。

 暫く道を歩いていると妙に人だかりがある気がする。

 それはどこかそわそわしているようで、まるでこれから誰もが待ち望んだ何かが来る前の……祭り前のドキドキにも似た何かのようで。


「これから何かあるんですか?」


 歩いているおじさんに聞くと、おじさんは鼻息を荒くしながら嬉しそうな顔をする。


「おお坊主良い時に来たな。何かも何もこれからパレードが始まるんだ!」

「ああ、やっぱり」


 ファナの言った通りだ。


「楽しみだなあ、なかなか見れないんだよ。レイル様は最近王都に行ってばかりだし、ナフタ様は見るがリア様はお忍びでしか外に出ないらしいからさ」

「へえ」


 そうなんだ、じゃあ彼女に会えた俺はきっと運がよかったのだろう。

 何しろなかなか会えないっていう彼女に会えた上に飲食を手伝ってもらったり、街に入る許可証みたいなものまで貰ったのだから。


「それでパレードはいつ始まるんですか?」

「あと一時間後って話だよ」


 まだまだじゃないか。

 腹の虫がうずく。


 俺は先にご飯を食べることにした。

 適当な店に入り注文する。

 頼んだ羊肉の燻製サンドと野菜のスープを食べていると、


「隣失礼するぞ」


 俺の返事も聞かず隣に誰かが座った。

 周囲の席は空いているというのに誰だろうとみてとそこにはとても美しい少女が座っていた。自分と同じ位に見える。小さな少女だ。


 腰まで伸びた黒い髪、白い肌と日本の着物に似た衣服を着ている。

 しかし長い眉に目立つ黄色い目はどこまでも見通しているようで、思わず見入ってしまった。

 少女は飲み物を注文した後、こちらを見て笑みを浮かべた。


「どうした? 呆けた顔をして」

「……いえ」


 店員が持ってきた食べ物を食べていると視線を感じる。

 見れば少女はじっと俺の方を観察するように見ているのだ。


「な、なにか用?」

「いやなに、どうして貴様のような人間がここにいるのかと思ってな」


 見た目は少女だが話し方はまるで年下のそれではない。

 困惑しつつも今興味深い事を言った。


「俺のような……人間?」


 少女は意味ありげに笑う。


「上国の人間なんだろう? それもここに来る前はガレリアにいた」

「…………っ!」


 今度こそは驚いた。まさか、リア様以外誰にも話していないのに。

 少女はくすくすと笑いながら持っていたコップを呷る。


「驚くことはない。上国出身者は独特の雰囲気を纏っているのだ、言われたことはないか?」


 少女に問われて俺は首を左右に振る。


「あなたは誰なんですか?」

「わらわはミスミ、貴様と同じようなものだ。まあ、わらわはこの世界に来て長いしこのミスミという名もこの世界に来てから使っているのだが……それで、貴様の名前は?」

「俺はハヤト……です」


 先輩って事か、ならきっと年齢も俺より上なのかもしれない。

 敬語で話すことにした。


「ハヤトか、覚えておこう」


 そうか、上国出身って事はこの子もきっと凄い実力者なんだろう……じゃあ俺の魔力が限界と知ればきっとがっかりするだろうな……。

 思わず自己嫌悪してしまう。


「……そんな覚えてもらうような存在じゃないですよ、俺は上国出身者としてあるべき力がないですから」


 吐き捨てるように言うとミスミは変な表情をする。

 こいつは一体何言ってるんだ? とでも言いたげな顔だ。

 ミスミはじっと俺の顔を見て、次に身体をじろじろと見てから苦笑。


「ふむ、それでか……全くもって無能だな」


 無能……初対面の人間に無能呼ばわりなんて、少しむっとしたが、次の瞬間には確かに無能であるからここにいるのだ、と思いなおす。

 最後の野菜スープを飲み、店員にお金を渡す。

 居心地の悪さを感じてどこかへ行こうかと立ち上がるとミスミに呼び止められた。


「どこへ行くのだ?」

「どこかへ行きますよ、ミスミさんと違って俺は無能ですから」


 皮肉を言ってどこかへ行こうとするが咄嗟に袖を掴まれた。

 振り向くとミスミはおかしそうにくすくすと笑っている。


「なんですか」


 語尾を少し強めに言うとミスミは袖で自分の口元を隠す。


「貴様は何を言っているのだ。無能とは貴様の事ではない。貴様を見限ったガレリアの人間の事だ」

「は?」


 言っている意味が分からなかった。

 呆けた顔をしている俺をミスミはおかしそうに笑った。


「滑稽だな、本人がそれに気づかずにいるとは。むしろ今まで見てきた中でも群を抜いているというのに……まあ、宝の持ち腐れとはこのことを言うのだろう」


「それってどういう……」

『――――――――』


 問いただそうとしたところで店の前でつんざくような歓声が上がった。


「パレードか、思ったより早く来たようだな。見に行かないのか?」


 ミスミは立ち上がる。


「勿論行きます」


 俺もミスミを追って店を出た。

 

 大通りは賑わっていた。

 少し前までは人の集まりもちらほら……という感じだったのにいつの間にか人でごった返している。

 ミスミはぐいぐいと前に出ていき、気づけば視界から消えている。

 どうやら見失ってしまったようだ。


「もう少し話聞きたかったのに……」


 諦めてパレードを見た。

 案の定、護衛の兵士が沢山いる。

 細長い行進の列が続き、徐々に屋根や扉のない、開放的なデザインの馬車が近づいて来る。


 優しくも厳格な顔立ちをしている。立派な冠をかぶった髭を生やした男と、その隣には顔色が若干悪い青年と見覚えのある少女が座って手を振っている。


 きっとあの髭を生やした男がレイル伯爵であり、病弱そうなのがナフタ・ローファスなのだろう。

 それぞれどこか目元が似ていた。

 

 俺は後ろから押しに押されていつの間にか最前列に来ていた。

 ぼんやりと三人を見つめる。


「貴族を見るのがそんなに珍しいか」


 驚き振り向くとミスミがいつの間にか自分の隣にいた。


「なんだ、いたんですか」

「いては悪いのか?」

「別に……」


 不機嫌さを表に出した俺の物言いにミスミは笑う。

 先ほどの中途半端な話もあり、どうもこのミスミという少女を信用出来ずにいた。


「ハヤト」


 いきなり名前を呼ばれて視線だけでミスミを見る。


「貴様はどうしてここへ来たのだ?」

「俺は……」


 俺は楽しそうに左右に手を振るリアを見る。

 死にかけた自分を救ってくれた少女、誰も助けてくれなかった、死を覚悟した。そんな自分に唯一手を差し伸べてくれた少女だ。


 宿に許可証にと用意してくれた。

 沢山の恩を受けたのだ。出来る事ならその恩を返したいと思っている。

 彼女を守る為なら命も惜しくない。……と。


 そう説明するとミスミはふーん……とまるで興味がなさそうな相槌を打つ、そしてちらりと馬車に乗るリアと俺を交互に見て、


「くふ……くふふふ」


 特徴的な笑い声を上げた。


「なんですか?」


 見ればミスミは楽しそうな笑みを浮かべている。


「いやいや、たとえ命を懸けたところで貴様にあれは守れないだろう」

「どうしてですか」


 食い入るように見るとミスミは目を細め、極めて冷淡な声で言った。


「どうも貴様からは覇気が感じられないからな、口だけの命懸けなど信用出来ぬ、そんな輩の想いなどてんで叶わぬ夢物語よ」

「そんなことは……」


 直後、ミスミが何かに気づいたように反応する。


「魔力……だが気づいてないか……薄い警備だ」


 ミスミの呟きに俺は首を傾げる。


「薄いって……あんなに人がいるじゃないですか?」

「ふん、あんな弱兵なんか物の数ではない……それより……」


 瞬間。

 轟音が鳴り響く。

 大通りの道沿い、石造りで出来た三階建ての建物の上部で爆発が起きた。

 上から瓦礫が降ってくる。


 パレードを見に来た見物客達の近くにそれは飛来した。

 周囲は一瞬で恐慌状態に陥る。


 伯爵は瞬時に指示を出し、護衛兵を見物客の援護に向かわせた。

 護衛兵は離れる事に一瞬迷うそぶりを見せるが伯爵の命令を無視出来ないのか見物客の方へ向かう。

 見る間に警護が薄くなった。


 そこでそれは動いた。

 いつの間にか群衆の中から飛び出していた男が兵士数人を一瞬で昏倒させ、伯爵に近づき弓を放った。


「ぐうっ……!」


 矢は伯爵の肩に当たり中腰だった伯爵は座り込む。

 続けて左右に矢を放つ。

 リアは咄嗟に身体を逸らしたがナフタは避けきれず当たってしまう。

 その直後、今度は銀色の剣が見えた。


【アイスニードル】

 

「……っ!?」


 男が振り下ろそうとした剣を落とす。

 剣を持っていた腕に当たった。

 咄嗟に飛び出した俺は、右に左に動く見物客を一瞥もせずまっすぐに三人の元へ走る。


【アクアアロー】

【ファイアヴェール】


 水の矢が飛んでいくが男は炎による三重の幕でそれを防ぐ。

 こいつ……!


 魔法使いだ。

 男は服の中から更に短剣を取り出して伯爵の腕を斬り、更にリアに斬りかかろうとするがリアはすでに馬車から転がるように飛び出していた。


「リア様!」

「……っ!」


 リアは俺に気づき転がってくる。

 俺はリアを庇おうとして……ドクリッと心臓の近くで何かが脈打ち、足が止まる。

 魔力切れの症状だ。

 途端に身体の自由が利かなくなる。


「邪魔だ!」

【ファイアアロー】


 一瞬の静止、その間に邪魔な俺を狙って炎の矢が迫り――


「……駄目っ!」


 俺はリアに突き飛ばされた。

 見ればリアの右足を貫通したようだ。


「…………ぅっ!」


 声なき悲鳴と共にリアは崩れ落ちる。


「リア様!」

「役立たずめ」


 呟きと共に後方から飛んで来る。

 ひらりとした着物が頬を撫でた。

 侵入者の男とリアの間にミスミが入った。


「はてさて、見物に来ただけだと言うのに面倒事に巻き込まれるとは。この世界の物事とはどうも上手くいかないな」

「どけっ!」


 男は左の拳を突き上げる。


【ファイアアーム】

【ファイアアロー】


 更なる邪魔者を排除すべく男は立て続けに魔法を放つ。地面から炎の手が現れミスミの足を掴み、更に数秒の魔力の溜めの後、三本の炎の弓が飛んでいき同時に男が駆け出す。

 そして短剣を振り下ろそうとした。


 やられる!

 思った次の瞬間。ミスミの身体がぶれた。

 男の短剣はミスミにあっさりと躱され反対に腕を掴まれる。


 そして力任せに地面へと引きづり落とされた。

 足を掴んでいた炎の手はいつの間にか破壊されており、炎の矢は力なく地面に突き刺さりそのまま消えていく。


「ふん、魔法使いのくせにどうして武器を使っていたのかと思えばやはり毒が塗ってあるか。――さあ、無能な兵士共、こやつをさっさと捕まえろ」


 ミスミの言葉に兵士達は我に返ったように殺到した。

 

 その後伯爵達は屋敷へと運び込まれた。

 俺もその後を追ったが門番に阻まれて中に入ることは出来なかった。


 というかそもそも入ることが出来なかった。

 内門の前で立ち尽くした。

 入る資格がないと思った。


 自分は伯爵達を守る為に飛び出したのに結局リアに庇われ、そして彼女に傷を負わせてしまった。

 彼女を守るどころか守られてしまったのだ。


「…………」


 俺は踵を返し走った。

 気付けば入り口を飛び出して森に来ていた。

 夕暮れ、音はない。

 でも頭の中でワンワンと木霊している。

 

 兵士の焦った表情が頭から離れなかった。

 リアの痛みをこらえる表情が頭から離れなかった。


『役立たずめ』


 ミスミの短い正論が頭から離れなかった。

 自分は本当に非力なのだ。

 誰かを庇うどころか庇われる事しか出来ない。


 ガレリアでも、レナに庇われてばかりだった。

 結局自分は……。


「ああ……ああああ……ああああああっ!」


 涙が頬を伝う。

 悔しい、自分の力のなさが悔しい。


 どうして俺には力が無いんだ。

 初めて、初めて自分の非力さを恨んだ、自分の弱さを嘆いた。

 力が欲しい。


 世界を平和にするほどの力は要らない。

 たった一人を、彼女を守れるだけの力を……。


「何を泣いているのだ?」

「…………っ!」


 驚き後ろを見ると少女が立っていた。

 腕利きの刺客をあっという間に倒してしまった少女、ミスミだ。

 

「ど、どうしてここに……」

「ふむ? そうだな、力不足を嘆いて泣きじゃくっている情けない負け犬が走っていくのを見てしまったからな。泣き顔を笑いに来た」

「最悪ですね」


 冷ややかな視線を向け、だが俯く。


「……一番最悪なのは俺か」


 守る為に飛び出したのに守る対象に守られた俺が最悪なんて言えるはずがない。

 むしろミスミは自分が出来なかった事をやってのけたのだ。

 力無き正義じゃ何も守れない。


「で、満足しましたか?」

「ん?」

「俺の泣き顔ですよ。見られて良かったですね」

「ふむ……そうだな」

 

 少しだけ考えてミスミは首を捻った。


「それがあまり楽しくないな。期待外れだ。もっと人のせいにする位に性根が腐った人間の方がわらわは好みだ、もっと性格が悪くなれ」

「なんですかそれ」


 勝手に期待して勝手に失望して文句とは酷いにも程がある。


「……が、わらわ自身、意外だが悪くない」

「え?」

「うむ、本当に意外なのだが悪くないのだ。どうしてだろうな……どうしてだ?」

「知りませんよ」


 いきなりそんな事言われても想像もつかない。

 ミスミは興味深そうにじろじろと見て、


「少しだけ戦い方を教えてやろうか?」

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