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テイズ高原

「ふーん、ローファス家の令嬢は戦いの経験が無いと聞いていたけどなかなかいい所に目を付けているじゃないか」

「そうなんですか?」


 聞き返すとナルドは机の上の地図を見ながら自慢げに胸を張る。


「見て分かると思うが……君は戦争とかには疎いんだったね。なら教えよう」



 テイズ高原。

 ひし形に近い形になっているローファス家の領地の中でも東端に位置する土地。

 高原とは言うもの決して高いわけではなく、他が低いから高原と言われているだけだ。

 高原南に広がる湿地は所々森の中にあるせいか遮光性が高く、水はけが悪い為、行軍や布陣に適してない。


 北の草原地帯は隠れるものがなく、高原からは弱いが高原に味方がいるなら布陣に適している。

 草原の更に北は高い山がそびえ、人が登れるような場所ではないし、ぎりぎり動ける山道は草原から丸見えである。


 続けて、敵が来るであろう高原東は荒地で高原からは丸見えだ。

 そして現在リア・ローファス率いる本隊は高原に陣取り、俺らノーザンラントからの兵は、高原の 北、草原の一角に陣取っている。



「本当なら高原に陣取るだけで良い所だが、恐らく敵の方が兵は多いだろう。高原の裏は街道だ、湿地を進んだりはしないだろうから抜けられるとしたら草原、よってここと高原が落ちない限りは街が危険にさらされることは無いだろう。君が簡易ながら石の砦も作ってくれたしね」

「ふーん、あれ、湿地の南、抜けた先に小さな道がありません?」


「そこは……別の貴族が後詰としているって話聞いたけどな。草原は僕らがいるしローファス家だと僕らが一番強いまであるから盤石として、怖いのはそこだけかな」

「大丈夫ですかね?」


「どうかな、一緒に確認に向かう?」

「分かりました」




 高原本部に向かうとリア様とリヒトさんが地図を見ながら話していた。

 隅にはフェイルが警戒しながら立っていたが、俺を見るとニヤッと笑った。


「リア様、ハヤト様とナルドが来られました」

「僕は呼び捨てか」


「お二人してどうしたのですか?」

「いえ、ナルドと話していて気になったことがありまして」


 湿地の南の話をするとああ……と頷いた。


「そちらはエルゼン伯爵が三千で守っています。あそこは小道から来る敵を広くなる場所で一気に殲滅出来ますので優位に戦えると思います」


 出口で包囲出来るのか、なら大丈夫そうだな。


「それで、敵はどのくらいなんですか」

「先ほど情報を集めてきました。先陣が六千、中陣が一万、後陣が四千の計二万だそうです」


「こっちは七千ですよね? 優に三倍ですか」

「違うぞハヤト、小道に兵が行かなければ結局僕らが受け持つ形になる。だから四千対二万で約五倍だ」

「無茶なのでは……」


「一応後ろに近隣の子爵や男爵数人の兵も来ていますから二千程はあります。とは言っても後ろの街に行かせないように……ですから戦闘に参加させるのは難しいでしょう」

「ねえナルド、これって勝てるの?」

「数字の上では無理だろうな。いくら地勢的に勝っていると言っても兵の数は純粋な力だ。一応石壁で囲ってるし早々やられたりはしないだろうが、じきに押し負けるだろう」


 そうなのか。


「ですが、私は負けるとは思っていません」

「リア様?」


「数百年前、魔王の軍勢は数万を超えていたと言いますが、歴史では上国出身者数十人でその戦力差をひっくり返したと聞きます。ハヤトさんは魔法使いですから大きな魔法を使えば倒せるかと」

「俺……ですか」


 言われて思わず顔が引き攣る。


「ビビってるのか?」

「そういうわけじゃないです」


 ナルドに茶化されるが実はビビっている。

 何故なら俺はまだ人を殺したことが無いからだ。


「……ちょっと外に出てきます」




 壁に上ると随分遠くまで見えた。

 荒地の向こうに敵はいるって話だけどまだ姿は見えない。


 今のところ葛藤は無い。

 ここ、異世界に来てから随分と時間が経った。

 殺されかけた事もある。

 死にかけた事もある。


 それでも盗賊を……敵を倒したこともあるが命までを奪ったことは無い。

 俺は強くなった。

 人一人位殺す力はもうあると思うけど一度も経験が無いって言うのはどこかでセーブでもしているせいだろうか。


「考え事ですか?」


 ぼんやり遠くを見ているとリア様がやってきた。


「あれ、会議は終わったんですか?」

「いえ、休憩です。まだ切羽詰まった状況でもないですからね」

「そうですか……」


 冷たい風が吹く。


「怖いですか?」

「え?」

「確かハヤトさんはまだ人を殺したことは無いと思いましたけど」

「そうですね……正直怖いです」

「最初はそうですよね」


 おや?


「リア様は人を殺したことがあるんですか?」

「はい、ディーナス・ロウが反乱を起こして兄を殺した時です。私を捕まえようとしてきた相手から逃げようと無我夢中で……結局力及ばず捕らえられてしまいましたけど」

「そうですか」


 俺は本当に出来るだろうか。


「ハヤトさん、見てください」


 リア様が指さす。

 砦の中は何人もの兵士が歩いている。


「彼らは兵士です。戦って死ぬことも仕事です。ですが彼らには家族がいます。この戦いで負ければきっと砦の兵士は死亡。ノーザンラントもヒューネルも荒らされるかもしれません。リヒトも私も死ぬでしょう」


 リア様は悲し気な目で俺を見る。


「相手は私達を殺しに来ているんです、私達が怯えて抵抗しなければ私達が守ろうとしたものは全て失われてしまうでしょう」

「…………」


 リア様は俺の手を取った。


「リア様?」

「ハヤトさん、勝手なお願いとは思いますが、どうかあなたの力で私達を守ってください」

「……分かりました。出来る限りの事はします」




 それから十日後、荒地に現れたウェルス公国軍は草原と高原の砦両方に攻めてきた。


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