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王都よりの使者

「どうも、リックン・D・カートスです。よろしく」


 王都より使者が来た。

 細身で片眼鏡を付け、飄々とした狐顔の男だ。

 基本的にはそれはパーティーが行われるから来いとか、授勲が行われるから来いという呼び出しの目的が多いのだが、こうして高官に近い人間が来ることはまずないそうだ。

 あるとすればそれは大体が別の意味を持つ。


「ようこそいらっしゃいました。カートス大臣の直系リックン様がいらっしゃるとは……是非ゆっくりしていってください」

「はい、そのようにします」


 リックンは狐のような笑みを浮かべた。





 カートス家。カートス家はルグナ王国五本の指に入る名門一族の一柱である。

 代々大臣を輩出してきた名門であり、元々はローファス家より下の辺境伯だったはずが正式な伯爵……そして侯爵までのし上がった人脈や地盤に強さのある名家だ。


 そんな中、リックン・D・カートスは現大臣の嫡子であり、年齢は四十を超える。

 能力は中の下だが財力と親の力で、これまでいくつもの貴族の力を削いできたと言われる男である。

 その彼がどうしてここに来たのか。

 それを知るのは次の日の事だった。





「ノーザンラントという街があるそうですね」


 対応したのはリア様とリヒトだ。勿論俺は後ろに立っている。


「はい、北の採掘場の近くに出来た街ですね」

「非常に人が増えていて商業も盛んだとか」


「そうですね、ハーゲンという商人の方が何かと融通してくださいますので何とか経営出来ております」

「ハーゲン商会、ほう、凄い大物がやってきましたね。ルグナ王国領内でもかの商会に傘下協力を仰いでいくつも袖にされています。一体どうやって傘下に?」


「変な事はしておりません、採掘場に利益を感じたから……それだけの事です」

「それだけねえ……何か不正でも行ったのでは?」

「不正……とは?」

「多額の献金……もしくは採掘権の譲渡とかでしょうか?」


「……利益を得るために利益を失うというのは論理が破綻しているように感じられるのですが」

「物の例えです。それに似た何かがあったのでは?」

「いえ、彼が利益を感じてきてくれたのは分かりますがそれ以上は何も聞いておりません」


「さて、どうでしょうね。資料によれば商人ケルンまでノーザンラントにいるそうではありませんか。かの者も断られた貴族は多数いるはずなんですけどね。しかもそちらは臣下としているみたいですね。採掘場を担当しているとか」


「好意的に協力してくれているだけです」

「なるほど……入ったばかりの臣下に担当させるとは……随分と信頼しているのですね。商人は金で翻意するものですよ」


「ケルンに関してはそういった事は無いかと……」

「あると言っているんですよ! これは経験則です」


 ダン……と机を叩く。

 リヒトは鼻白み、リア様は冷ややかな目でリックンを見る。


「私は忠告してあげているのですよ。ローファス家だけでは統治する力が足りな過ぎるのではないかと。下手な手を打って採掘権を商人に取られては嫌でしょう?」

「……何をおっしゃりたいのですか?」


 リックンがうーんそうですねえ……と悩んでからにやぁ……と不快感のある笑みを浮かべる。


「おお、そういえばローファス伯爵の隣人にレナウン子爵領がありましたな」

「レナウン子爵ですか……それが何か?」

「ノーザンラントの街の半分をそちらに提供してはいかがですか?」


 後ろで話を聞いている俺が驚いてしまう。

 それは街をただで半分明け渡せ……という事であり、北の採掘場も利益も渡せ……という事に聞こえる。


「それは領土を割譲せよ……という事でしょうか?」

「……リア様も領主になって日が浅い、商人達をそこにあてがっているのも人材が足りないからと読んでいます。レナウン子爵は代々広い領地を無事に統治し続けてきた内政の上手い領主です。ローファス家とも懇意であり、きっと経験の浅いローファス家以上に上手く土地を使ってくれ、助けになると思うのですがね……」


 リックンの物言いにリア様は薄く笑う。


「確かにそうかもしれません。私はまだ領主となってから日も浅く、三年と経過しておりません。人材が不足しているのも事実です」

「そうでしょう、そうでしょう。では……」


「しかし、ノーザンラントは友好的な種族もおりますが、そうでない種族もおり、危険が多い土地です。それ相応の強さを持った者が臣下にいなければ統治し続ける事は出来ないかと思っております」

「な、何?」


「私はレナウン子爵が内政に力があるのは理解出来ますが、だからと言ってノーザンラントの統治に向いているとは到底思えません。リックン・D・カートス様の慧眼はとても素晴らしく提案は一考の余地があるとは思います。ですが私はそれは適していないと考えております」

「…………」


 リックンが口元を歪ませる。


「そ、それは私の判断が間違っているとでも言いたいのですか?」

「いえ、そのような事はありません。非常に慧眼だと思っております。リックン・D・カートス様は非常に優秀です。問題があるとすればあの土地とレナウン子爵の適性かと」


 慇懃無礼な言い方だがこれは優秀と褒めておきながらそんな人選をしてきたリックンを責めているに他ならない。

 リヒトは苦笑いを浮かべ、リックンは表情が固まったまま身体をプルプルと震わせる。


「おや、お引き取りですかな?」

「……今日の所は引きあげます。ですが私は正しいと思った事を言ったまでです。ご再考お願いします」


 捨て台詞のようなものを言い残し、リックンは屋敷から出て行った。





 リックンがいなくなった応接室でリヒトのため息が響く。


「完全にいいがかりですな」

「半分とは言いますが本音はノーザンラントの全てが欲しいのでしょう」


「我々が盗賊を制圧し、街を作り、石の要塞のようなものを作ってから、それを欲しがった貴族が泣きついたのでしょうな」

「レナウン子爵でしょうか」


「それ以外に無いかと……」

「レナウン子爵は覚えておりますよ。父が亡くなった時、兄が暗殺された時、それぞれリヒトに連絡を取っていただきましたものね」


「救援を要請しましたが拒絶されましたね」

「傍観していたくせに利益となれば仲の良い顔をして近寄ってくるのですから信じられませんな」

「懇意など面白い冗談を言いますね。本当に懇意であれば困っている時にいち早く助けに来るというのに」


「……いかがしますか? 盗賊を制圧してしまってはあそこに危険はないでしょう」

「いえ、ありますよ。火は消えても新たな火種はどこからともなく来ますからね」


 リア様はクスクスと笑いながら俺を見る。


「ハヤトさん」

「はい」

「暫くノーザンラントにいてください」

「…………? 分かりました」

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