世界の歴史(上国出身者編)
「おはようございます、英雄様」
「お、おはようございます」
外に出て顔を洗っていると声を掛けられた。
エルフの里に来て一週間くらい経つ、最初は余所余所しかったエルフの里の住人達だったが、今では顔を合わせれば挨拶をしてくれるしそれ以上に英雄やら、魔法使い様やらと敬称を付けてくれる。
正直恥ずかしいから普通にさん付け位で良いんだけど。
手早く支度を終え、リア様の下へ。
当然だが俺とリア様は同じ部屋ではいけない為、違う部屋を用意してもらっている。
部屋をノックするが返事はない。
声を上げ、何度目かのノックをした所で扉が開く。
「おはようございます」
「…………」
「もう朝です」
「…………」
「起きてください。今日は出発の日です」
「…………はぃ」
寝ぼけ眼で髪はぼさぼさ、今にも眠りそうな姿を見せたのはリア様だ。
エルフの里に来ているのは俺とリア様二人だけだから、基本的には俺がリア様のお世話をしなければならない。
とは言ってもリア様は、普段からしっかりしているし世話なんてする必要は無いだろう。
そう思っていた時期が俺にもありました。
リア様はぐしぐしと目を擦ってから静かにパタンと扉を閉め中に入っていく。
この一週間で気づいたことは、リア様は実は朝が弱いという事。
朝は起こしに来ないとまず起きない。一度昼近くになっても姿を見せなかった時は、どうしようかと思った。
何かあったのかと焦って部屋に迎えに行ったら普通に寝てただけだったけど。
「では行きましょうか。忘れ物はありませんか?」
朝食も食べ終えたリア様はすでに朝と違いいつものリア様になっている。
「はい、大丈夫です」
エルフの里の入り口ではエルフの方々の見送りが待っていた。
先頭に立っているのはククルだ。
「お待ちしておりました。王よりお二人にこれを渡すようにと」
言われて貰ったのは宝石の付いた指輪だ。
それぞれの石には何か文字が書かれている。
「刻まれているのは古いエルフ文字です。エルフの里は普段結界を張っており、普通なら知覚出来ないようになっていますが、これがあれば結界をすり抜ける事が出来ます。どうぞまた来てください」
「一週間お世話になりました。王にはよろしくお伝えください」
「畏まりました。お元気で」
ちらりとククルさんは俺の方も見る。
「ハヤトさんもお元気で」
「はい、ククルさんも」
こうして俺達はエルフの里を後にした。
案内についてくれたエルフの御者に礼を言い、馬車から降りた。
ノーザンラントの街に着くと、不審そうに馬車を見ていた兵士が俺らに気づいて一礼する。
行く前にあったテントの群は無くなっており、木製の住居が建っている。
一週間弱できっとデフ達が頑張ったのだろう。
「ではまずは本部に戻りましょうか」
「畏まりました」
本部に戻ると中にはデフがいた。
飲み物を飲みながら寛いでいやがった。
「おう、おつか……リア様!」
慌てて立つ。
こいつリア様がいないときはリア様の席に座ってふんぞり返ってやがるのか。
半目で見るとデフは焦ったように弁解の言を吐く。
「テントが無くなってましたね」
「は、はい。日夜頑張って住居を用意しましたので」
「そうですか。ではその頑張りに免じて今のは見なかったことにしましょう」
リア様が薄い笑みを浮かべるとデフは安心したような表情を見せた。
「何か変わった事はありましたか?」
「いえ、何もないですね。ハーゲン殿もケルンの奴も忙しそうにしてます。……とそうだそうだ、これを。リヒト様からリア様へって昨日届きました」
「手紙ですか?」
リア様は受け取った手紙を見て目を細めた。
「全く、忙しいですね。ハヤトさん出発の準備を」
「…………?」
「ヒューネルに戻ります。近々王都よりの使者が参られるようなので」
そのまま一息ついただけで俺とリア様はヒューネルの街に向かった。
「お疲れ様です」
屋敷に戻るとリヒトが待っていた。
「リヒトもご苦労様です。街の様子は?」
「特に変わりはありませんな。内政も順調です」
「王都よりの使者はいつごろ来ると?」
「はい、数日中には……目的は分かりませんが恐らくノーザンラントの件かと」
「……そうですか。分かりました。何か対策を講じなければなりませんね。書庫に向かいます」
リア様と共に一階奥にある書庫に向かった。
書庫は思ったより広く、沢山の本が置かれていた。高い所にいくつか四角い小窓があり光が差し込んでいた。
「さて、文献を探しましょうか」
「あの」
俺はデフから言われた事を思い出した。
「どうしました?」
「俺も本を読んでも宜しいでしょうか?」
「構いませんよ。どんな本を所望していますか?」
「歴史書を、前にデフから歴史書とか読んでみたらって言われたので」
「歴史書ですか。良いですよ。そういえばハヤトさんはガレリアから来たんでしたね」
言ってからリア様は無言で俺を見る。
「どうしました?」
「……もしかしてハヤトさんって噂の上国出身者ですか?」
「え、いや……その……」
焦った俺の表情が可笑しかったのかリア様は口元に手を当てながら笑う。
「ふふ、正直に言って良いですよ。今更それを言っても私は気にしません」
「は、はい……上国出身者です」
「やっぱりそうなんですね。やけに知らないことが多いと思っていましたので。そうですか。上国について色んな事をお聞きしたい所ではありますが……私からこれまで頑張ってくれたハヤトさんに特別に歴史についてお話いたしましょう。過去数百年前にも現れた上国出身者のお話でも」
「え、そんなに前からいるんですか? 是非お願いします」
「では……」
こほん……と咳き込んでからリア様は話し出した。
☆☆☆
かつてこの世界には多数の種族がおり、それぞれが熾烈な戦いを繰り広げていた。
中でも強力な四大魔王が存在しており、彼らは非常に高い魔力、強い力を持っており大陸の半分以上を領土にしていた人間側だったが大陸領土をどんどん失う。
特に大陸西部の戦いは酷く、人以外の種族も戦に巻き込まれ、沢山の犠牲者を出しながら東へ逃げる種族が多く存在した。
もうじき魔王の大陸完全征服も見えてきた頃、上国と呼ばれる天上の国から数十人の勇者が現れる。
彼らには非常に強い潜在能力が備わっており、『放浪の大賢者』レンカ、『双戟の死神』リョウキ等実力者に率いられた勇者達は多数の死者を出しつつも遂に四大魔王を全て倒す。
そして平和が訪れたかと思いきや、彼らを抱えていた王侯貴族達は生き残った少数の勇者達の人気、民を惹きつけるカリスマ性が邪魔になり反旗を翻す。
しかし王侯貴族では到底太刀打ちできず、にらみ合いが続いていたがそれから十年もしないうちに再び上国からの勇者が現れ、元勇者達を次々に葬っていく。そして最後の一人と相打ちになる。
これにより上国出身者はほぼ死亡し、大陸に大きな国『パンドラ』が成立、束の間の平和が訪れる。
しかし、それから三百年。
国内で様々な陣営の対立が発生、大陸全土を巻き込んだパンドラ戦没が発生。
百年という長い戦争。
これにより大陸全土で疲労し、いくつかの大国と百にも及ぶ中小国に分裂、その後ガレリア等の大国が出てきた。
☆☆☆
「今に至り、未だに大陸には戦火の種火がくすぶっている……という事です」
リア様の長いお話が終わった。
想像以上にこの世界の話は血生臭かった。
それにしても話に出てきた上国からの勇者、これはきっと俺のように日本から連れてこられた人達だろう。
――という事は今回だけじゃなく何度も異世界から転生されてきた人達がいたという事になる。
でも上国出身者はほぼ死亡……ってあれ? じゃあミスミさんは?
今回俺と同じ時期に来たとは思えない、多分もっと前からなんじゃないか?
「お話有難うございます。それでその……上国出身者がほぼ死亡って言ってましたけど、もしかして生き残っている人もいるんでしょうか?」
「そうですね、例えば『放浪の大賢者』レンカや数人の上国出身者など魔王討伐後すぐに姿を消した方々は、行方不明になっただけで死んだというよりは生死不明が正しいそうです。ただそれから数百年経っていますからね。彼女も死去しているんじゃないでしょうか?」
「そう……ですか」
「ふふ……満足いただけましたか? では私は調べものがありますので、ハヤトさんも自由に本を見ていってください」
「はい、ありがとうございました」
俺は少し考えてから、適当な歴史書を手に取った。




