『暴君』ライベル
俺達がその場所に着いた頃。
エルフの迎撃部隊は皆倒れており、残っているのはクルーエとかいうククルの妹と悪魔だけだ。
「あれが悪魔……ですか」
リア様が息を呑む。
黒い体躯に身体は俺らより一回り大きい、黒い翼に三白眼、漆黒の衣。
その大きな手で一人のエルフの首を掴み上げ、そして動かないと知るとつまらなそうに地面に投げ捨てた。
「クルーエ! ここは危険だ、戻るぞ」
「兄さん、見ていて。私がこの悪魔を倒すから」
言うや否やクルーエは飛びだした。
跳躍は悪魔を飛び越し後方へ、その虚空を飛びながら頭上から弓を放った。
悪魔に向かっていくその三本の矢は、身体に当たると同時に弾かれる。
悪魔はつまらなそうにクルーエを見る。
続けていくつも矢を放つがその矢は全て弾かれている。
「物理が効かない?」
「はい、剣も弓も効かず、私達エルフの戦士は圧倒的力に負けてしまいました」
うーん、物理が効かないっていうよりは……いや、まずは様子を見よう。
端から見ている限りだとクルーエは言うだけあって強い。
まず移動速度が速く、高速移動しながら弓を的確に悪魔の身体目掛けて射ているのだが、悪魔は避ける素振りもなく矢が当たるのをじっと見ている。
途中、クルーエが止まった所に悪魔は手をかざした。
無詠唱の火の玉を放出した。
それはみるみるクルーエに近づいて行き爆発。
爆音が周囲に響くが隣を見ればククルの心配そうな表情に焦った様子はない。
見ていると煙の中から緑の幕が現れる。
「風の……壁か」
地の底のような低い声が聞こえる。
悪魔がぼそりと呟いた。
それと同時にクルーエは膝立ちで弓を引き絞っている。
それまでと違って止まってだ。
「弓が効かなくてもこれで終わりよ、風よ纏え、聖者の一擲」
【破魔の超弓】
「…………っ!」
緑の薄い膜を纏った矢は凄まじい速度で飛んでいき、それは悪魔の身体に当たった。
「やったか?」
ククルがまるで死亡フラグのような声を出す。
不穏な言葉に嫌な予感がしていたがそれは的中したようだ。
「そ、そんな……」
唖然とするクルーエ、その悪魔に飛んでいった矢らしきものはポロリと地面に落ちた。
悪魔は手をかざす。
『我、現世に漂う聖霊に磁力を求む。暗弱たる漆黒の闇を一条の光が穿つ。引から斥へ斥から引へ。遠く離れた一対の虚ろな刃は終の地にて交わらん。来たれ雷の一撃』
【デナミス・ボルト】
雷の弾が二つ、悪魔の手の前とクルーエの後ろに出現する。
クルーエはさっきの風の幕で全身をガードしようとするがその後ろの黒い球から出た雷の槍はクルーエの身体を貫き、悪魔の手の前の黒い球へと一筋の白い閃光を創る。
「ああああああっ!」
クルーエの身体を貫通した瞬間、クルーエは甲高い悲鳴を上げた。
直後、悪魔の姿が消え、瞬時にクルーエの後ろに出現し、、そしてそのままこちらに蹴り飛ばしてくる。
「クルーエ!」
ククルが咄嗟に樹とクルーエの間に入り受け止めた。
どうやらクルーエは意識を失ってしまったようだ。
「脆い、脆い……エルフにも俺を倒せる者はいないのか。脆弱、貧弱、はは、ははははは!」
悪魔は高笑いを浮かべ、俺らの近くに降り立つ。
「さて残った奴らはどうだ」
「ハヤトさん」
「分かりました。リア様はククル達と一緒に離れていてください」
俺だけ一歩前に出ると悪魔は眉を顰めた。
「エルフ……ではないようだな」
「初めまして、俺はハヤト。人です」
「人? 人か。ふん、歴史では大陸の半分を制覇したことのある種族。だがそれは人の中でも強者が群れた場合の話だ。貴様は一人、魔力使いの様だが強者には見えないな。俺はライベル。同族では畏怖を込めて『暴君』ライベルと呼ばれている」
「かっこいい二つ名ですね、ちなみにちょっと話をしませんか?」
ダメもとで言うとライベルはピクリと手を動かしただけで何もしない。
意外だが話をしてくれるらしい。
とりあえず理由を聞くため話しかけた。
「どうしてエルフの里を襲撃なんて?」
「俺は強い、悪魔の中で最も強い。同種族に自分より強い者がいない、なら他種族に求めるのは当然だ」
「え、じゃあ力試しって事ですか? それだけの為に樹を燃やしたりエルフの里を襲撃していたと?」
「そうだ、大した奴はいなかったがな」
イメージだと無差別に攻撃を仕掛ける話も通じない凶悪な悪魔と思っていたが、聞いている感じだとただ強さを求めている戦闘狂だ。
最も、自分勝手な事は否めない。
「じゃあお願いがあるんですが良いですか?」
「願い? ふん、命を残せって願いなら叶えよう。弱者がいつ強者に化けるか分からないからな。許そう」
「いえ、そうじゃなくて」
言ったら怒るかな……。
「俺が勝ったらもうエルフの里を襲ったりしないと約束してくれますか?」
「ああ?」
ピリリとした空気が流れる。
先ほどまでとは違う圧倒的な殺意を感じる。
「聞こえなかった、誰が誰に勝ったらだと?」
「ですから、俺があなたに勝ったら……」
言葉の途中でライベルは目の前から姿を消した。
魔力の壁に反応がある。
咄嗟に横にずれるとさっきまで身体をあった場所を拳が通り抜けた。
俺は横に飛び振り返る。
「魔力使いは接近戦が苦手と聞いていたが良い反応だ」
ライベルはにやりと笑う。
「だが、次は躱せるかな?」
ライベルは地面を蹴る。
その跳躍は数メートルの距離をゼロにする。
「むんっ!」
拳が飛んできて、それは俺の頬に当たる。
「なに……!」
ずっと真顔だったライベルの表情に変化が生じる。
ライベルの放った拳は俺の頬で止まっている。
否、俺の頬とライベルの拳の間にある壁に遮られていた。
そのまま蹴りを放って来るが俺の身体に当たって止まる。
魔力の壁越しに衝撃は来ている、重い衝撃だ。
何が命は残してやるだ。
多分これ魔力の壁が無かったらまず間違いなく人の俺は死んでいるだろう。
人の身体の脆さを舐めてもらっては困る。
「ならば……」
カッと目を見開いたと思った瞬間。
先ほどより更に重い衝撃が腹部に来た。実際は腹部の前の壁だが。
「いったいなこの……」
弱弱しく息を吐いた俺を見て更に驚愕の表情を浮かべる。
「おい……今のは本気の一撃だぞ、何だその強靭な魔力の壁は……ぐっ!」
俺は反撃のつもりで拳を出した。
俺の拳もライベルに当たるが俺の攻撃もライベルの体に纏う壁に遮られる。
やっぱりだ、恐らくライベルも俺と同じタイプの魔力の壁を身に纏っている。
もっとも、ライベルの身体は俺の拳で一メートル位吹っ飛んだんだが。
「馬鹿な、何だその一撃は。魔力使いだろ? ならば……」
『我、現世に漂う聖霊に磁力を求む。暗弱たる漆黒の闇を一条の光が穿つ。引から斥へ斥から引へ。遠く離れた一対の虚ろな刃は終の地にて交わらん。来たれ雷の一撃』
黒い球が後ろと前に出現した瞬間、俺はすぐに自分の身体に纏っている魔力壁の色を変えた。同時に地面に壁を伸ばす。
「喰らえ!」
【デナミス・ボルト】
雷が俺の身体を通り抜ける。
「はははは、所詮壁が強いだけの……!?」
一筋の白い閃光が俺の身体を通り抜けた。
否、通り抜けたように見えたはずだ。
普通に立っている俺を見てライベルは更に驚愕の表情を見せる。
「それは嘘だろ……」
「嘘じゃないですよ、本当です。それにしても良い魔法ですね、気に入りました」
『我、現世に漂う聖霊に磁力を求む。暗弱たる漆黒の闇を一条の光が穿つ。引から斥へ斥から引へ。遠く離れた一対の虚ろな刃は終の地にて交わらん。来たれ雷の一撃』
「は? な……」
俺の身体の前とライベルの後ろにさっきより一回り大きな黒い球が現れる。
ライベルは避ける動作もなくむしろ出現した球に困惑している。
【デナミス・ボルト】
唱えた瞬間、ライベルの身体を白く太い線がゴウ……という音と共に通り抜ける。
「ガ、ガアアアアアアアアッ!」
ライベルは仰け反り、顔を顰める。
そしてシュウシュウ……という音と共にライベルの身体から煙が立ち上り。
「…………」
ライベルは白目を向いたまま後ろに倒れた。




