エルフの里 アーフェンデ
エルフの里アーフェンデはノーザンラント北東の森を更に奥へ行ったところにある。
普段は結界が張られているらしく、人や動物は迷い込んでくるといった事は無い。
ククルに連れられて結界を抜けるとそこはそれまでの鬱蒼とした森の雰囲気を覆した。
目の前に現れたのは広い空間だ。
沢山の巨大な樹があり、中に住居を作っているようだ。樹と樹の間には木製の橋が掛けられていて、エルフが行き来している。
見上げれば青空と葉っぱの間から陽光が降り注ぎ、俺は異世界にいるんだと再確認させられた。
木々の壁には透明なガラスのような透明なカバーとその中でライトが光っていた。
ククルさんによると魔道具というもので、大地の魔力の源を力の供給源としているため、半永久的に光っているらしい。
勿論夜は薄っすらとした光量に代わるのだそうだ。
「幻想的な所ですね」
道を歩きながらリア様が目を細める。
ククルは自分の街が褒められて少し嬉しそうだ。
うーん、俺らの街も松明を卒業したいものである。
「それに静かです」
「本当ならもっと活気があるのですが、今はこの状態なので子供も外に出られない状況になっています」
「ああ、そうなのですね」
「ではまず王に挨拶をしに行きます」
歩いている俺らを見るとすれ違うエルフは少々……というか大分嫌そうな顔をしている。
「あまり歓迎されていないようですね」
「すいません、エルフは排他的でどうしても他種族を敵視する者も多いのです。しかしこの事態では」
「兄さん!」
声がした。
見れば一段こちらより高い木の上から一人の綺麗なエルフがこっちを見ている。
亜麻色の髪に整った顔立ち、勝気そうな目をしており、細身で耳は尖っている。
背中には弓を背負っていて、俺が日本にいた頃読んだファンタジー系の本に出てるイメージ通りのエルフだ。
その視線は鋭く、今まですれ違ったエルフ達より遥かに敵意を感じられた。
エルフの少女は俺とリア様を指さした。
「そいつらは一体誰だ、どうしてエルフの里に下賤な人間がいる」
下賤なって……。
「クルーエ! 口を慎め、あの悪魔を倒すためにせっかく来ていただいた客人だぞ」
「悪魔なんて私がいれば勝てる」
「馬鹿を言うな、お前は知らないからそんなことが言えるんだ。あいつはお前が敵う相手じゃない」
「兄さんと一緒にしないで」
「確かに俺よりお前の方が強い、しかしお前じゃ勝てない。この最強の戦士でなければな」
「最強の戦士」
クルーエは口を尖らせながらこちらへ降りてきて俺とリア様をじろりと見る。
その目は完全に疑いの目だ。
「で、どっちが最強の戦士ですって?」
「最強かどうかは分からないですけど、俺です」
言ったとたん胡乱気な目でクルーエは俺を見てくる。じろじろと頭から足まで見てくる。
「ふん、弱そうね。人の戦士ってのはこれで最強とか言うのかしら?」
まあ俺魔法使いだし、弱そうな見た目については文句言えないな。
黙っているとリア様が一歩前に出る。
「私は近隣ローファス領の領主をしております、リア・ローファスです。どうぞよろしく、クルーエさん……と呼べば宜しいでしょうか?」
リア様は手を差し出すが、クルーエはその手を一瞥しただけで何も反応せず踵を返す。
「おい、失礼だろう」
「ふん」
不機嫌そうに歩いて行った。
「妹がご無礼を、申し訳ありません」
「いえ、それより先ほどの妹さんは悪魔と戦った事は無いのですか?」
「はい、あれは使いとして別のエルフの里へ行っておりまして最近までいなかったのです。それで悪魔と戦っておらず、私がいれば勝てるから助けなんて……と意気込んでいまして。……といけない。では進みますね」
気を取り直し、奥へ案内してくれた。
一際大きな樹と真ん中に空いた大きな入りぐち、そして前にはエルフの兵士が立っている。
俺らに気づくと改めて姿勢を正した。
「ククル様、お疲れ様です」
「王は?」
「奥におります」
「分かった」
通り過ぎる間、兵士は俺らを敬意を感じる目で見ていた。
もしかしてククルって偉い人なのか?
「……失礼いたします、陛下。このククル、命令通り人族の戦士を連れてきました。こちら、ローファス伯爵領の領主リア・ローファス殿。隣にいるのは最強の戦士ハヤト殿です」
室内に入るとククルは立ち膝になり首を垂れる。
俺とリア様は何も言われなかったので立ったままだ。
何段か高い位置にある玉座に座っているのは立派な髭を生やした恐らく王様だ。
王は立ち膝で礼をするククルを見て、続けて俺らに目線を向ける。
その視線は少々偉そうで上から見下ろしている
「ようこそエルフの里へ、我はエルフの王クードラだ。大義である。しかしエルフの救援に人族が来るとはどういう道理か?」
何で来たんだって言われてるけど。あれ、救援を求めてきたのはエルフからじゃないの?
隣を見るとリア様は平気な顔をしている。
「……いえ、困ったときは助け合うものと思っております」
「ほう……人族も他種族とは関わらないのが常だったと思うが違うのか? エルフに手を貸すと?」
「その常を知っているエルフが助けを求めにわざわざ人の領域まで来たのです、見過ごす道理はありますか?」
「くく、いかにも。非礼を詫びよう。此度の救援感謝する。貴殿らを歓迎しよう」
先ほどまでの硬い表情から打って変わって優しく微笑む。
試していたのか、いや、素直じゃないだけか。
きっとこれがエルフなんだろう。
「こちらこそ歓迎感謝いたします、しかし今は悪魔に襲われているとの事、お話を聞かせて頂けたらと」
「うむ、では話そう。一月ほど前になる、突然エルフの里の結界を破り凶悪な悪魔が侵入した。エルフは決して弱い種族ではない、悪魔とて集団でかかれば倒せるはずであった。しかし、かの悪魔は暴君と名高い強者。我々エルフの戦士達は皆やられてしまい、悪魔は満足したのか去っていった」
王は一度息を吐く。
「不思議とエルフに死者は無かった。災害の一つかと胸をなでおろして数日後、再び現れた悪魔は再び結界を破り応戦に出たエルフの部隊を打ち破り、一つの大樹を燃やした。そして去っていった。まるでゆっくりと遊ぶように里を潰しに来ているのだ。いや、きっと遊びなのだろう」
王は口を歪める。
「暫く来ていないが恐らく近いうちにまた来るはずだ。今度は大樹をどれだけ燃やされるか、兵士だけじゃなく民にまで被害を与えるかもしれない」
「今後時を与えればそうなると考えます」
リア様の言葉に王は首肯する。
「恐らくエルフであの悪魔に勝てる者はいない。どうか討伐を頼めるか?」
「はい、我々にお任せください」
「うむ、討伐の際は我に出来る事ならばそなたらの願いなんでも叶えよう」
王が話したその直後。
兵士が走ってきた。
「何事だ」
「悪魔が! 悪魔が再び東の結界を破って侵入してきました! 既に交戦中です。それとその……」
兵士はククルを見る。
「クルーエ様が飛び出していきまして……」
「クルーエが?」
「何!? あのお転婆が……」
兵士の言葉に王が顔を顰め、ククルがため息をつく。
あれ、もしかしてこの人ら家族だったりするんじゃ。
「ささやかながらも歓迎の宴をと思ったが早速悪魔が来たとの事だ。申し訳ないが行ってもらえるか?」
「分かりました、ではハヤトさん行きましょう」
「陛下、私も案内として向かいます」
「うむ、頼んだぞ」




