救援要請
あれから更に三か月が経過した。
その間に街はどんどん大きくなっている。
リア様と俺はちょいちょいヒューネルの街に戻って政務を行っているので、交互に街の様子を見比べることになるのだが、ノーザンラントの街は凄い速さで大きくなっている。
人口だけで言えばヒューネルは十万人位いるのだが、ノーザンラントはすでに一万を超えている、出来て一年も経っていない街にしては多すぎだ。
恐らく有能なケルンとハーゲンという師弟が頑張っているからというのがあると思う。
一応俺も石で建物を作ったりデフ達が木製の家を作ったりしているのだが、未だにテントで暮らしている人たちは多い。
最もそれもすぐに解消されるとは思うが……。
ともかく、街作りは順調に進んでいるそんなある日の事。
「リア様、デフ様よりすぐに来てくださいとのことです」
街の外、森で作業をしているデフからの呼び出しである。
危険な何かが出たのかとリア様と俺は向かった。
行くと森の入り口にデフが立っていた。
それも困ったような表情でだ。
「ああ、リア様とハヤト。これ見てくれ」
デフが指さす方には血だらけの男の人が寝ている。
否、人にしてはおかしなところがいくつもある。
まず、耳が長く先がつんと立っている、白すぎる肌に背負っているのは弓だろうか。
服装もこの辺で見た事のない形で……ていうかこれ。
「人……なんですか?」
聞くとリア様は首を横に振った。
「いえ、ハヤトさん、この方は恐らく森人です」
森人……エルフだという。
この近くにエルフが住んでいるという事だろうか?
初めて見た……いるもんだな。
まじまじ見ている場合じゃないな。
「リア様、街に運んでも良いですか?」
デフの問いかけにリア様は若干迷った表情を見せる……が、すぐに街に運ぶように命令した。
エルフを街に運んで本部にある医務室に連れて行き、手当てして寝かせた。
「ねえデフ」
「んん?」
「どうしてリア様はこの方を連れていくか少し悩んでたんですか?」
リア様にしては珍しい判断だ。
「あー……下手したら問題になるかもしれないからな」
「問題?」
「おう、他種族は互いに関わらないという暗黙の了解があるからな。とは言ってもそれを守らない奴は沢山いるけどな。今度歴史書でも読んでみたら良いんじゃないか? ヒューネルの屋敷にあったと思うぞ」
「へえ……」
じゃあ今度読んでみようか。
そんな話をしているとエルフの男が目を覚ました。
頭を押さえながら上半身だけあげた。
「……ここは?」
「お、目覚めたか。おい、リア様を呼んできてくれ」
「畏まりました」
兵士が走っていく。
「ここはリア・ローファス様が治めている街の一つ、ノーザンライトです」
「ローファス……っ! なあ、ここに戦士がいるんだろ!? 教えてくれ、どこにいるんだ!?」
「せ、戦士?」
いきなり両手掴んでエルフは大声で叫ぶ。
「頼む、戦士に会わせてくれ! 戦士に!」
突然の事にどうしようかと考えているとリア様がやってきた。
「まずは落ち着いてお話を聞かせてください」
リア様は兵士にお茶を持ってこさせた。
取り乱していたエルフだったがお茶を飲んだことでどうやら少々落ち着いたようだ。
「……失礼しました。私はエルフのククルと申します。今里が大変なことになっていまして……こんなことを頼む義理は無いと思うのですがどうか助けてください」
「里を……ですか?」
「はい、私達エルフは先の大戦の後、ここより更に北東に進んだところにある森で平和に暮らしていました。そんなある日、凶悪な悪魔が襲ってきたんです」
「悪魔……」
悪魔もいるのかこの世界は。
「悪魔がですか? 悪魔は温厚と聞いていますが」
リア様は首を傾げているが温厚な悪魔って何だろう。
なかなかパワーワードだな。
「ええ、ほとんどの悪魔は温厚です。しかし、悪魔の中でも『暴君』と呼ばれている同族からも恐れられている悪魔が、現在も度々襲ってきては里を荒らし、同胞を傷つけるだけ傷つけて去っていくのです。命は取らないのですがあれはただ遊びでいたぶりに来ているようで」
「話は分かりました。それで先ほど戦士と言っていましたよね?」
「はい、ローファス領に同族である二千の兵士と将を無傷でなぎ倒した最強の戦士がいると聞きました。きっと人族の中でも非常に優れた力を持った方と聞き、どうか助けてもらえないかと私はここに来た次第です」
最強の戦士って、なんか話が盛られてないか? いや、確かに無傷だったけども。
「なるほど……しかし私達が力になれるとは」
リア様の言葉の途中でククルは頭を下げる。
「どうか、どうかこの通りです」
それを見てリア様は困ったように頷いた。
「分かりました。そこまでされては……」
ちらっと俺を見る。
「ハヤトさん、私と共に行って頂けますか?」
「え、は、はい。リア様が行くのでしたら。ですがここを空にしても大丈夫ですか?」
「立派な外壁も出来ていますし盗賊も討伐済みですし恐らく私達が戻るまで大丈夫だと思います」
くるりとククルの方を向く。
「話はまとまりました、私とこの二千人を倒した最強の戦士ハヤトさんが向かいますので案内をお願いできますか?」
「勿論です! 感謝いたします」
再び頭を下げた。
「にしてもリア様、エルフが頭を下げるとは意外でしたね」
「ええ、話とは違ったみたいです、いえ、ククルさんだけかもしれませんが……」
部屋を出るとデフとリア様がそんな会話を始めた。
どういう事だろう。
不思議そうに見ているとデフが説明してくれた。
「いいかハヤト、エルフってのは本当に気位が高いし自分達が全ての生き物の祖とまで考えている奴までいるらしい」
「長命ですからね」
「そう、リア様が言った通り長生きだからな。そんな奴らだから人に対しては上から目線だし偉そうな奴が多いらしいんだ。それが人に頭を下げるなんて考えられねえよ」
「そうまでするほど困っている相手を前に黙っているわけにはいきませんからね」
リア様が困ったように笑っている。
なるほど、道理で。
納得しているとリア様が振り返り俺を見る。
「数日中にはここを出ますので準備をお願いします」
「畏まりました」
「分かりました」
「あれ、デフも来るんですか?」
「え、駄目なんですか? あの……リア様、俺も行きたいのですが」
リア様はデフを見てにこりと笑う。
「デフ、貴方はやるべきことをやりなさい」
「……はい」
がっくりと肩を落とした。
そして数日後、俺とリア様はククルの先導でエルフの里へ出発した。




