リア奪還作戦 後編
「落ち着け騒々しい」
逃げていた兵士の足が止まる。
中から二人の男がやってきた。
一人は着物に似た服を着た痩せた男だ。見た感じ戦えそうにない。
だが一人は立派な鎧を着た屈強そうな男で大きな剣を腰に持っている。
「ハ、ハヤト! あいつらがディーナス・ロウとエムロ・ディスカープだ。あの鎧の方は相当強い剣士だぞ」
いつの間にか俺をハヤト呼びのデフが焦った口調で言う。
だが、良い事を聞いた。
「という事はあの二人を倒せばリア様を救えるって事ですね」
「そ、そうだけど……倒せるか?」
「さあ、戦ってみないと何ともですね。とりあえず合図を送ってもいいんじゃないですか?」
「あ、ああ」
デフが空に向けて弓を打った。
ヒョウウ……という鏑矢に似た音を出しながら飛んでいった。
これでいい。
俺は二人の方へ歩いて行った。
すると鎧の男、エムロ・ディスカープが前に出て来る。
兵士は左右に分かれ、俺と対峙した。
エムロ・ディスカープは剣を抜き放つ。
「魔法使いか」
「はい」
「こんな距離まで近づいて、私が誰か知らないと見える」
「いえ、強い剣士というのは聞いています」
「そうだ、今は軍をまとめる立場にあるが元々は武で手柄を立ててここまで登った。決して兵の指揮だけでここに来たわけじゃない。ここで最も強いからここにいる、この役職についている」
「そうでしょうね」
びりびりとした威圧感が伝わってくる。
恐らくこいつが言っている事は本当だ。そこらの兵士が百人束になってもこいつの方が強いだろう。
「強いと思います」
目の前の男に肯定の意見を言った瞬間。
白い剣閃が首元に飛んできて思わず後ろに下がる。
「ほう……よく避けたな。魔法使いは接近戦は出来ないというのが普通だが」
「接近戦も修行しましたからね」
「なるほど、……だが所詮は魔法使いの努力なんて徒労だ。今の一撃を躱せただけで大したものだ。褒めてやる」
エムロ・ディスカープは首で合図する。
後ろを見ればデフの更に後ろから多数の兵士が走ってきた。
「これでお前らの退路も断った。さて……」
エムロ・ディスカープは薄く笑い、
「ディーナス様! このガキの後ろにいる奴。確かリヒトの部下です! 生かして話を聞きましょう!」
叫んだ後に俺を睨んだ。
「――というわけだ。悪いな、お前を俺の部下にとも一瞬思ったが殺させてもらう」
「結構です」
「ああ?」
「俺の主はリア様一人しかいませんから」
「ふん、そりゃ残念……だ!」
エムロ・ディスカープの剣は真っすぐ俺の頭上に飛んできて。
俺はそれを……。
「な……」
掴んだ。
思い切り握るとそれはミシミシ……という鈍い音の直後。パキッ……という小さな音と共に折れてしまう。
「なんだ、魔力の鎧より弱いなら避ける必要なかったんですね」
エムロ・ディスカープが目を見開き一歩下がった懐へ俺は潜り込み。
「ふっ!」
右ストレートをわき腹に打つ。
「……っ!」
声にならない叫びと共にエムロ・ディスカープは水平に飛んでいき、優に十メートル離れていたディーナス・ロウの傍に倒れ落ちた。
「は?」
隣に落ちたエムロ・ディスカープを見てディーナス・ロウは、弱弱しい声を出す。
「お、おい。何やってんだ? ディスカープ? お前、あんなガキに……」
動かないエムロ・ディスカープを見てディーナス・ロウは顔が引き攣る。
「嘘……だろ……」
「ディ、ディスカープ様が負けた! もう駄目だ!」
俺の周囲で壁を作っていた兵士、そしてディーナス・ロウの近くにいた兵士、皆が一目散に逃げていく。
「待て! 逃げるな! 戦え!」
ディーナス・ロウが一人の兵士の肩を掴むが兵士はその手を払う。
「無理ですよ! でかい火の玉を出せて接近戦まで強いなんて……あんな化け物勝てるわけない!」
「おい! 貴様ら! 待て」
制止の声も虚しく、兵士は次々逃げていく。
その間に俺はディーナス・ロウの前に立つ。
ディーナス・ロウは一瞬戦うか悩んだようだが、すぐに焦ったように地面に座り込んだ。
「ま、待て。話をしよう。私を殺すのはいつでも出来るはずだ。だから、頼む!」
そして両手を地面につき頭を下げてくる。
姿はまさに土下座だ。
だが俺にそれをされてもな。
「ハヤト、どうするよ」
いつの間にか隣にいたデフが馴れ馴れしく俺の肩に手を載せながら聞いてくる。
どうすると言っても、俺がこういうのは決めるべきじゃないっていうか……ん?
「この通りだ、済まなかった! 本当は私はやりたくなかったんだ。だが仕方がなく」
「仕方がなく……兄さまに手をかけたと? 面白い事を言いますね」
冷ややかな声はディーナス・ロウの後ろから聞こえてきた。
俺はその姿を見て思わず黙ってしまう。
ディーナス・ロウは恐る恐る振り返り、そして。
「――――っ!?」
何度目かの声にならない悲鳴を上げる。
「後でもう一度その冗談を聞かせてもらえますか?」
初老の男、リヒトに連れられ。
いつか見た金色の髪、青い目をして更に美しく成長した少女が冷たい微笑を浮かべながらそこに立っていた。




