テオドールの顛末①
幼い頃からずっと、同じ夢を繰り返し見ていた。そこは魔法があり、魔物もいたりする物語の中のような世界で、自分と同じ名前の、あれがあの世界の『自分』。もしかしたらこれは前世というやつで、その記憶の印象深いところを思い返しているのかもしれない。どこか懐かしいその夢の続きを見る度に、そう思うようになった。自分と同じ歳の頃から、大きくなったあとや、ずっと大人にみえる姿、色々な『自分』が切れぎれに浮かんでは消える。名前こそ同じだが、今の自分とは違う容姿で、もちろん家族も違う。現実に姉はいるが、夢の中には弟がいた。詳しい目的はわからないが、世界中を旅してまわっていた『自分』は、何か探し物をしていたらしい。
そんな不思議な夢の登場人物でひとりだけ、名前のわからない女の人がいた。どうやらあちらの『自分』が特別に思っていたようで、彼女の表情はとくに鮮明に出てくる。素直に感情を出す彼女は、色々な表情で『自分』を見て、笑いかける。彼女が『自分』を呼ぶ声が耳に心地良かった。
彼女の外見は黒髪黒目で、あの世界の中では他に見たことがなかった。『自分』とは離れた土地の人なのか。どうやって一緒に旅をすることになったのか。何故彼女の名前だけ、わからないのだろう。
ごく小さな頃をのぞいて、他人にこの夢の話はしなかった。話した人は大抵笑うか、変なものを見るような目になったからだ。家族は笑いはしなかったけれど、あまり人に話すことではないのかもしれないと学んでからは話すのをやめた。父の故郷である日本に住むようになってから、ただひとりだけ、馬鹿にせず大真面目に聞いてくれたやつがいる。日本人とは言い難い外見から遠巻きに見られることの多かった自分に、何かと話しかけては構い倒してくれ、有難いことにそいつは今でも腐れ縁の友人だ。
高校へ入ってしばらくしてから、その日は突然訪れた。繁華街で目に入ってきた何かのアニメ調の看板。既視感を覚えて、思わず足を止めた。
──『ヨゾラにユメを、キミにヒカリを』。
大きく描かれているのは、どこか見たことのあるキャラクターたち。あれは……あの夢の中の『俺』。それに、あの世界での弟バルト。剣を持ったあいつはレオンハルト。リスのような生き物を乗せている魔導士はアルフレート。光の神官ニコラウス、そして召喚された『神の御使い』ルカ。
誰も彼も皆夢の中の登場人物にそっくりだった。その中に、黒髪黒目のあの彼女は──ユウキは、いない。
『藤本、悠希です。あの、命を助けていただいて、本当にありがとうございました』
突然頭の中にたくさんの情報が流れ込み、断片的だった夢の映像がひと繋ぎになっていく。旅のこと、ユウキと出会ってからのことが、あの世界の『俺』と今の自分が、混濁する。すべての記憶が混ざり、一つになっていく。
──藤本悠希。そうだ、それが彼女の名前だ。
調べてみると、『ヨゾラにユメを、キミにヒカリを』は女性向け恋愛シミュレーションゲーム……つまり、いわゆる乙女ゲームと呼ばれるものだった。友人の姉がこういう系統のものが好きで、あいつの家に行ったとき似たようなゲームを見せられたことがある。ルカや悠希の言っていた『予言書』とは、多分このゲームのことなんだろう。
悠希は、自分は『予言書』には存在しないのだと言っていた。『現代から召喚された主人公』のルカとはまた別に、この世界からあのアインヴェルトへ召喚されたのだろうか。……そうすると、ルカは何故『予言書』を知っていたのだろう? いや、そこはいい。今は関係のないことだ。
『予言書』がまさかゲームだったとは。あの世界はゲームの中の作り物だったというのか。あの場所に生きていた『俺』にはとても信じられないことだった。二人が『予言書』について話したときの慎重な様子を思い出して得心がいった。
頭がついていかずまだ上手く整理できないが、大事なことはひとつだ。俺はちゃんとこの世界で悠希に会えるのか。光の神は、同じく望む時扉は開く、と言った。扉の先がこの世界での新しい人生なら、少なくとも悠希も同じように望んでくれたからここにいるんだと、信じたい。
幸いなことにフルネームを思い出したおかげで──向こうで文字の綴りを聞いたことがあったおかげで、悠希は恐らく日本人だろうことはわかる。だが、ゲームがまだこの世界に存在していないならば、俺のことを知ってさえいない。時系列に歪みが出ているが、これは光の神が俺の望みを聞き届けた結果なんだろうか。年齢差を整えるためこのタイミングなのだとしたら、悠希はまだ十歳ということになる。知っていたとしても、アインヴェルトから戻ってきた後でないと会いに行っても不気味に思われるだけだろう。
それに。同じ世界に生まれていたらと望んだけれど、悠希が特別だと言ってくれた『俺』ともまた違う人間になってしまった。今の俺でも、悠希はいいのだろうか。




