風光る息の伝はる糸電話
もうすぐで実家に着く。
大学の寮から夜行バスとJRとタクシーを使って8時間。タクシーに揺られながら、どんな顔をして玄関を開けたら父を心配させずに済むかを考える。
今日、久しぶりに地元に帰ってきた。久しぶりと言っても大学に入って上京してからまだ1ヶ月ほどしかたっていないけれど。そう、ようやくゴールデンウイークが始まったのだ。
しばらくして、家に着いた。どんな顔で玄関を開けるかは決まった。引き戸に手を掛ける。引き戸の取手は少しひんやりしていて心地良かった。
「お父さん、お母さん、ただいまー!」
「おー!花理じゃないか!おかえり。」
「花理!おかえりなさい。」
と言いながらお父さんとお母さんが玄関まで出迎えに来てくれる。その時、物凄いスピードで女の子が私に向かって突っ込んで来た。
「夕梨!」
「えへへ、花理姉、久しぶりじゃん。」
「もー!疲れてるんだから飛びつかないでよー!お前は犬か?」
「えーっ、女子大生がそんな口悪くていいんですかー?」
と夕梨が意地悪そうな顔をしながら煽ってくる。
「あんた達やっぱり仲良いわねぇー。夕梨ちゃん、朝からずっと花理のこと待ってたのよ。」
とお母さんが微笑ましそうに見ている。
やっぱりこの空間が好きだ。
「お昼ご飯までまだあるから夕梨ちゃんの家にも挨拶に行ってきたら?」
とお母さんに言われたので夕梨の家に向かうことにした。夕梨と私の家は昔から隣同士で家族ぐるみの付き合いなのだ。
夕梨の家に向かう途中、ふと、夕梨が言う。
「ねぇ、花理姉、手繋ごうよー。昔みたいに。」
心臓がドクンと存在感を強くする。
「もうそんな歳じゃないんですー。夕梨と違ってお子さまじゃないの、私は。」
嘘。ほんとは繋ぎたい。
でも、繋いだら私の心臓の音が夕梨に伝わってしまうから。
「むー。花理姉のケチ。」
そんなことを言い合っているとすぐに夕梨の家に着いた。
「お母さーん!花理姉が帰って来たよー!」
と夕梨が叫んだ。
「ガレージに車無いからおばさん、多分買い物行ってるんじゃない?」
「あー、ほんとだねー。じゃあ、お母さん帰ってくるまで遊んで待とー。」
「何しよっか?」
ふと、靴箱の上に糸電話が見えた。
「この糸電話、昔2人でよく遊んだやつじゃない?」
「そだよ。よく分かったねー。よし!糸電話するか!」
「えー。子供っぽーい。」
「花理姉と違ってわたしはまだ高3なんですよーだ。」
「もー。高3は糸電話なんて普通したがらないよー?仕方ないからやってあげるけど。」
「やったー!久しぶりにしたかったんだよね。」
2人で競うようにして庭に出た。お互いに少し距離をとって、糸電話をかまえる。
「もしもーし。花理姉、聞こえてるー?」
夕梨の弾んだ息と声とが混ざって私の鼓膜を震わせる。まるで耳元で夕梨が話しているみたいだ。
「うん。ばっちりだよ。」
「よーし!今から話すからちゃんと聞いていて。」
大きく息を吸って夕梨は話しだす。
「花理姉、わたし花理姉のことが大好きなんだ。いつからか、話してるとき、一緒に歩いてるとき、安心する以上にドキドキする。多分、恋しちゃってるんだ。」
心臓が鼓動を速めた。
優しい風が吹く。
世界が、夕梨がキラキラと輝いているように感じた。
「えっ?夕梨?」
私も夕梨のことが好きだ。そう言ってしまいたい。けれど、今もしこの気持ちを夕梨に伝えたら・・。夕梨の将来を考えるとそんな無責任なことは言えない。夕梨には普通の女の子として幸せな人生を送って欲しい。
「あのっ、夕梨、」
返事を返そうとした時、私の言葉を夕梨が遮る。
「花理姉、さっきの言葉ウソだよ?ドキッとしたでしょ?花理姉ならひっかかるかなって思ってー。そんな真剣な顔しないでよー。」
夕梨が無邪気に笑って言う。
「もうー!そういう悪戯は禁止!ほんとにびっくりしたんだからー。」
と言う私の笑顔は引きつっていないだろうか。
夕梨の告白が本当だとしても断っていたけれど、同時に嘘の告白だったことを少し、残念に思っている私もいた。
いや、少しじゃなくてかなり。
それから、私たちは何事もなかったかのようにこのゴールデンウイークを過ごした。
それにしても、駅まで見送りに来てくれたときの夕梨の顔といったら泣きすぎて酷い顔だったな、とついつい思い出し笑いをしてしまう、と同時に寂しくなった。
次に帰るのは夏休み。夕梨は私と同じ大学に行きたいらしいから次は一緒に勉強かな。
そんなことを思いながら私は夜行バスの中で眠りに就いた。
あとがき
こんにちは。雨霧 雨です。今回の小説、どうでしたか?今回は俳句甲子園地方大会のときに提出した、中村泰先輩の句を使わせてもらって小説を書いてみました。この小説を書いてる時、あんまりコンディションがよくなかったのであんまりクオリティ高くないと思いますが楽しんでいただけたら幸いです。