7.アイドルのお願い。
「ただいまぁー。」
アパートの二階の角部屋。
龍成は鍵を開けて、部屋の電気をつけた。
綺麗に整頓された部屋がピカピカと反射して、輝いているように見える。
「マジですげ〜な。あいつ。」
ついつい感嘆の言葉を漏らしてしまう。
男一人暮らしではこれほど清潔感のある生活を送れていなかっただろう。
星宮春亜というアイドルが昨日、この龍成の家に来て以来、龍成が家事に怠惰することはなかった。
料理は美味しいし、掃除が上手で、お金もたくさん持っている。
本当に有能で完璧な美少女だ。
「とりま、勉強するか……」
バッグを床に置いていそいそと部屋着に着替えた後、机に向き合う。
その時、玄関の方から
「た……た、だいまぁ〜……」
と、疲れ切った声が聞こえて来た。
「………どうした?お前。」
怪訝そうな表情を浮かべ春亜を凝視する。
「た、龍成くん……私、もう…疲れすぎちゃって……」
"フラフラ〜"とリビングに入って来て、チョコンとソファーに腰を腰を下ろした。
「極楽〜。」
「…ババアみてぇだな。…」
「ババアじゃないよ。……本当に疲れてるだけ。」
「あぁ、お前すっごい人気者だったもんな。クラスの連中に纏わり付きもすごかったわ。」
龍成はカリカリとペンを動かしながら春亜に適当な返事を返す。
勉強をしているのだ。
龍成は意外と勤勉な性格で、学校がある平日でも5〜6時間間は机に向かってあらゆる問題を解いている。
それも"1+1=2の証明"のような逸脱したレベルの問題だ。
だが、彼の成績は伸び悩んでいた。
高校生になっていくつかの模擬試験、所謂、模試を受験して来たが、彼の偏差値は例外なくオール50.0ぴったり。
英語も数学も国語も社会も理科、どの教科においても例外はない。
しかも、中間テストや期末テストでも同様なことが起こっていた。
龍成が通う高校の高2生は総勢250人。
その中で、龍成は入学以来99番以上の順位も100番未満の順位も取ったことがないのだ。
つまり龍成は100番以外、取ったことがないということになる。
「なになに〜?嫉妬してるのぉ〜?」
ソファーに座っていた春亜が龍成の背中に身体を擦り付けてからかうような甘ったるい声をかけて来た。
背中には柔らかい感触がダイレクトに伝わってくる。
「嫉妬?馬鹿か?んなわけねぇだろ。
俺は天乃一筋なんだ。
お前なんかに一つもなびくことはねぇ。
つか、離れろ。邪魔だ。」
普通のラブコメ主人公なら、この場面で顔を真っ赤にして"おい。当たってるって!離れろよ!"なんて言うのだろう。
だが、龍成は無表情。
未だにペンをカリカリと動かしている。
「…えぇ〜。嫉妬しないの?
私、誰か他の男のところに行っちゃうよ?」
「好きにしろ。
俺には天乃がいる。」
「ムゥ〜!
龍成くんは乙女心を分かってない!
そんなんだと女の子にモテないし、結婚もできないよ!
私以外と!」
プンスカプンスカと薄ピンクの髪を揺らしながら怒っている。
「なんで、お前と結婚する前提なんだ。
…つーか、別にモテたいとか思ってないし。………」
「ふーん。……モテたいとか思ってないんだ。」
春亜が意味深なジト目で龍成を凝視した後、"鈍感だね。"と呟き、さらに言葉を続けた。
「龍成くんの妹さん…えーと叶恵ちゃんだっけ?…かなり龍成くんの事、愛しちゃってるよね。
それも、ブラコンが可愛く思えるくらいに。
それに、中野アリサさん?学園の女神の……美人な人だよね。
そんな人から婚姻届貰ってたよね?」
「…!?おまっ!なんでその事」
「あと、部活の先輩で生徒会長の三森梓先輩。
龍成くんの事かなり気に入ってるよね?
異常なくらいに……
それと幼馴染のドイツ人の人もねぇ?
まぁ、まだまだいっぱいいるけど。
………それで?モテたいなんて思ってない龍成くんにはどうしてこんなにたくさんの女の子が龍成くんのことを好きになってるのかな?」
「……おまえ。」
龍成はペンを止めて春亜の顔を見据える。
額には汗が浮かび、顔を青くしていた。
「俺のこと、どこまで知ってんの?」
「……全部だよ?……前にも言ったよね?
龍成くんに関係のあることならなんでも知ってる。……全知全能の神さま相手でも龍成くんの事なら私のほうがよく知ってるとと思うよ?」
(………怖!何この子!ストーカーが可愛く見えるレベルで怖いんだけど!)
流石の龍成でも春亜というアイドルの美少女に恐怖を感じた。
「……お前……まぁ、いいか。
……だが、どうやらお前は勘違いをしているぞ?」
「勘違い?」
「三森さんは俺のことを嫌っている。
俺のことを好きなはずがない。
それにミアも俺のことを好きなはずがないだろ。
あいつ、顔合わせる度に"死ね。"だとか"消えろ"だとか、"臭"って言ってくるんだぞ?
俺のHPはもうゼロよ………」
とほほと嘆く。
ミアとは龍成の幼馴染で、
ミア・シェーファーと言うのが本名である。
1歳の頃から中学校3年生まで仲良く過ごしていたが、高校入学のタイミングでミアはドイツに帰国。
離れ離れとなった。
空港でのお見送りの際、彼女は大きな帽子を深くかぶってワナワナと肩をふるわしていたのを龍成は鮮明に覚えている。
ちなみにその間、龍成は(ミアの奴なんで怒ってんの!)とビビっていた。
「龍成くんは鈍感だね。……
でも中野アリサさんのことは否定しないんだ。」
「……………よし!…もう晩飯にするか。」
「あっ。露骨に話逸らした。」
クスクスと笑う春亜。
「ウルセェ。腹減ったんだよ。」
「そう言うことにしといてあげます❤︎」
★
この日の夕食はトンカツだった。
だが、ただのトンカツではない。
100グラムあたり数千円もする高級豚肉を使用した贅沢な一品だった。
その最高の具材が春亜の料理スキルと掛け合わせられ、とんでもない程の爆発力を生み出していた。
一口噛めば、パサリという音とともに口の中で豚肉が溶けてなくなり、ジューシーな脂がトロリと下を覆う。
「……………お前、やっぱ料理人になれ。」
「私の手料理は龍成くん専用だから。
いーや。」
小さな食卓で向かい合って座る2人。
その昭和チックな食事スタイルに質素な雰囲気が強く感じられるが、実際に食卓に並んでいるのは高級料理の数々である。
「勿体無いな〜。……絶対成功するのに。…」
「なんと言われても、そのお願いだけは聞けないよ!それにお金はいっぱいあるしね。」
ニコリと笑って見せてくれる。
だが、龍成には少しの罪悪感があった。
「いやぁー。本当に悪いな。
この豚肉もかなり高かったろ。……
いつかお金、返さないとな…食費と家事してくれた代金。その他諸々。」
そう、この食材は全て春亜のお金で調達されているのだ。
「男たるもの、女に奢ってなんぼだ。」というプライドが龍成にもあった。
だが、今の状況では龍成の方が春亜に奢られていることになる。
しかも、龍成では手が届かないほどの高級食材。
プライドをズタボロにされたという嘆きを超えて、むしろ罪悪感だけが、龍成の心の中でこだましていた。
だが、春亜から帰ってきた言葉は意外なものだった。
「何言ってるの?龍成くん?
もしかして、馬鹿なの?」
「は?」
「いや、私がしたい事だから。
お金なんていらない。」
「嫌だがなぁ。それだと俺、ただのヒモじゃん。」
「ヒモでもいいよ。
ただ私はあなたを養いたいだけ。
その為に今まで稼いできたお金を使うし、これからもその為だけにお金を稼ぐの。私はそれだけで幸せだよ。」
春亜はほんの少し歯を見せて、最高の笑顔を龍成に向けた。
ドクン………
(なにこれ。…胸が、苦しい。……
ナニコレ。もしかして俺、このアイドルにときめいてるのか?………
いや、あり得ない!
俺には天乃がいるんだ!一筋なんだ!)
そして、春亜は追い討ちをかけるようにさらに言葉を続ける。
「そんなヒモの龍成くんに実はプレゼント買ってきたんだよ。」
彼女はそういうと食事の席を立ち、リビングの方へ行ってしまった。
すれ違いぎわに柔軟剤のいい香りが鼻をくすぶる。
「プレゼント?……なんぞや……
……てか、ヒモか。…………はぁ。」
分かりやすくうなだれ、自分がヒモ男だったことを再確認する。
(ヒモか……………俺…ヒモか。)
すると、少し大きめの包装された箱を春亜が持ってきた。
赤い大きなリボンが目立つ正方形の箱だ。
「よいしょっと。」
春亜はその箱を龍成の目の前に置き、フゥと一息つく。
「プレゼントだよ。開けてみて。」
「お、おう。……ありがとう。」
赤いリボンを丁寧に解き、1メートル四方の箱を開封する。
これほど大きな荷物をどこに隠し持っていたのだろうか。
と疑問に感じた龍成であったが、星宮なら何でもありか、と考えることをやめた。
「よし。開くぞ。」
箱の蓋に手を当てて、春亜の方に視線を向けると、"どうぞどうぞ〜"とニコニコしている。
龍成の反応を待ちきれないと行った様子だ。
ゆっくりと箱を開き、中身を確認する。
「!?!?これは!?!?」
そこにはあらゆるゲームや漫画が封入されていた。
全て龍成が欲しがっていたものだ。
ボクシング漫画の"始めの100万歩"や
忍者系漫画の"NAOTO 失禁伝"
異世界転移系小説の"このすばらな世界に祝福をぉ!"、恋愛青春系小説の"やはり僕ちんの青春ラブコメは間違ってんじゃねーの?"。
大人気ゲーム"スカッシュ ブラジャーズ"や"マリヲ カート"など
「おまえ、これ、どどどどうしたんだ!」
「龍成くんが欲しそうなものを買い集めただけだよ?集めるのに2日かかったけどね。」
春亜の後光が射して見えた。
刹那、龍成は瞬時に春亜を抱きしめガチ泣きしていた。
「おまえ!いい奴だな!……」
「///え……ちょ……龍成くん……恥ずかしいよ……お風呂にも入ってないし…私、臭いかも……///」
龍成の胸の中で顔を疼くめながら幸せそうな顔で赤面している春亜はしどろもどろになってオロオロとしている。
「星宮……いや、星宮様!
俺は一生の忠誠を尽くします!」
片膝をつき春亜に頭を下げる龍成。
先ほどまで男としてのプライドがどうとゴネていたていた龍成は今、ゲームや漫画で餌付けされていた。
「ちょ、龍成くん!辞めてよ。別にそんな事のためにプレゼントしたんじゃないから。」
「いや!させてくれ!いや、…させてください!これは俺のケジメでもあるのです!」
「えぇ〜。……あっ。…じゃ、じゃあ一つだけお願い聞いてもらってもいい?
それで今回のプレゼントはチャラで。」
「お願い?……うむ。
できる事なら何でもしよう!」
「じゃ、………じゃぁ。…………」
★
"コッケコッコー!!!"
ここは都会の住宅街だ。
神奈川県の東神奈川。坂が多めだが、決して田舎の住宅街というわけではない。
だが、何故か鶏の鳴き声と共に龍成は目を覚ます。
「いい朝だ。」
ベットからムクリと起き上がろうとした時、右手に違和感を覚える。
春亜が龍成の手を握って、寝ていたのだ。
髪の色と同じ薄ピンクのネグリジェ。
垣間見える小さく綺麗なへそは龍成の心をくすぶ……らない。
いくら美少女といえど、彼女は陽キャ。
昨日はいっときの心の迷いで、春亜のことを"少し可愛い"と思っていたが、睡眠と共にその感情は何処かに消えた。
飯を食い、歯を磨き、制服に着替え、トイレをして、外出する。
ガチャリと音を立ててドアを閉めて、古びたアパートの階段を下り始めた時、
制服姿の春亜が家から出てきて一言。
「今日から一緒に登下校だね❤︎」
そう。
昨夜の春亜からのお願い事。
それは、"一緒に登下校してください。"であった。
「………………」
龍成はアイドル衣装ではない制服に身を包んだ春亜を眺めてため息をついて、「まぁ、シャーねぇか………約束は約束だ。…ほら。さっさと行くぞ。…」とうな垂れた。
この日からだろう。
龍成の本当の意味での陰キャ学校生活が幕を閉じたのは。
ポケモン ソードアンドシールドの発売ももう間近です…
自分、結構ポケモン好きなんですよ。
一番お気に入りのポケモンはキルリアですね。
皆様のお気に入りのポケモンも是非教えて欲しいです。