6.火傷少女、トキメク。
結果から語ると、星宮春亜は大人気者となった。
ホームルームが終わり、休み時間になると怒涛の質問攻め。
アイドルという職業柄、そういうことに離れているはずの春亜であったが、困惑の表情を浮かべて、龍成に助けを求める視線を送っていた。
もちろん龍成は無視。
彼は英単語帳を熟読して、パンイチの賢治による春亜の話を聞き流しているだけだった。
かなり興奮している様子であるが、なぜパンイチなのかというと、ホームルームの後賢治が持参していた春亜のアイドルグッズを全て焼却処分されたからである。
正直、服やズボンまでアイドル色に染まっていたのだとしても少しやり過ぎだ。
こればかりは流石の龍成でも賢治に同情の視線を送った。
ちなみに、彼女の席は廊下側先頭の席で龍成の窓際最後尾とは真反対の席である。
(席が近くならなかっただけでも、不幸中の幸いか……
あいつと俺が同棲してること知られたら……マジで俺の平穏な陰キャ生活は終わるからな………)
と龍成は少しホッとしていた。
春亜と遠い席になって安堵する人間など、世界中隈なく探しても彼くらいしか見つからないだろう。
実際、ヒステリーを起こして教師に春亜と近くの席にするよう直談判しているやつもいた。
(本当に凄い人気だな。星宮のやつ。)
結局この日は1日中、クラスメイトたちの春亜への質問は続いた。
★
帰りのホームルームが終わると龍成は直ぐに荷物を担いで誰よりも早く教室を出る。
陰キャの典型的な特徴だ。
どこの学校も帰りのホームルームの後、一番最初に帰宅するのは陰キャと相場が決まっているのは周知の事実であろう。
放課後に誰かと遊んだり話したりすることもなければ、部活に行くこともない。
ただ、龍成は一応部活には入部しているが、彼は幽霊部員であり、ほとんど部活に入っていない。
入部したその日と数回。
もう1年以上行ってないだろう。
部活の名前は"遊び人研究部"。
略して"A(遊び人)K(研究)B(部)"である。
遊び人研究部だと少し不味い事が起きる可能性があるので今後はその略称であるAKBと呼ぶことにしよう。
AKBは決して48人の美少女から構成されるアイドルグループではなく、遊び人を研究するという名前通りの部活である。
龍成が通う高校の生徒会長、高三生の三森 梓。
地味目のメガネ女子である、高二生布筒下 桃乃。
見た目の年齢は10歳の年少系美少女、高一生の君山 穂智
オネエの男子高校生、留年3度目の高三生の山田野 コロ助。
以上の4名がAKBのメンバーだ。
「久しぶりに部活行くかな……
三森さん。めちゃくちゃうるさいしなぁ。」
龍成は教室から出て、気怠げな様子で廊下を歩く。
(あの人…陰湿ないじめしてくるからな……俺の水筒にこっそり唾入れてきたり、使用済みパン………)
思い出すだけでサブイボが立つ。
実際に、学校で最も位の高い役職であるはずの生徒会長である三森梓は龍成が部活に来ないとそう言った事をよくする。
龍成自身はそれを陰湿ないじめと受け取っているが、梓自身の本心は誰にもわからない。
(でもなぁ。あの人とはあんまり関わりたくないんだよなぁ。……明日にしよう。……そうだ。部活に行くのは明日にしよう!)
この言葉を心の中で叫んだのはもう何度目かは分からない。
"明日やろう"は"馬鹿野郎"とはよく言ったものだ。
「龍成様。もうおかえりになるのですか?」
その時。背後から不意にそんな声がしてきた。
「な……中野……」
「覚えてくれてたのですね!
嬉しいです。」
振り向くとそこにはタユンタユンな胸が特徴的な女神がいた。
そう、中野アリサだ。
「な、なんかようか?」
「いいえ。用事がなければ、話しかけてはなりませんでしたか?」
「……いや。別にいいけど。」
「そうですか。では一緒に帰りましょう!龍成様!」
「は?無理。」
即答だった。
「え!無理なんですか?どうしてですか?」
理由は単純明快だ。
龍成は陰キャ。
すなわち………
「中野と一緒に帰ってると目立つから。」
予想通りの回答だ。
「いいじゃないですか。
私、車登校ですし!」
「いやだがな……」
龍成は眉間にしわを寄せて渋る。
車での帰宅とは魅力的だ。
だが、陰キャには陰キャなりのプライドがある。
陽キャとは絶対に関わらないという、神にも誓ったプライドだ。
それに車に乗車するまでに誰かに目撃される可能性は否めない。
「そういえば、龍成様って凄いお金に苦労してるんでしたよね?」
その時、中野アリサが唐突にそんな事を言い始めた。
龍成も少しムッとする。
「あ?それがどうした?」
「いえ。侮辱しているというわけではありませんよ?……ただ…今日。
実は私、龍成様に超高級な小菓子をプレゼントしようと思ってたんですよ。
1個数万円もする高級なお菓子です。」
龍成はゴクリと喉を鳴らしてみる。
「ですが不運なことに今朝、車の中に忘れてきてしまいまして…
明日渡そうかなと考えているのですが、賞味期限が心配でございますので…今日中に食べなければならないのですよ。
龍成様の御宅がどちらにあるのか分からないので、このままでは処分しなくてはなりません。………一体どうしましょうか………」
中野アリサは分かりやすく、はぁとため息をついた。
どこか思いつめているような表情もしている。
そんな中野アリサの肩に龍成が手を置いて、
「おっと。そういえば、中野。
今から一緒に帰らないか?
実は俺。一緒に帰る人がいなくて困ってたところなんだ。」
と一言、イケボでつぶやいた。
分かりやすい男である。
お菓子につられて、手玉に取られる者など彼以外にはなかなかいないだろう。
これが陰キャなりのプライドなのだろうか。
「は、はい。……意外と、ちょろいですね。」
「ちょろい言うな。…ふふふ。1個数万円のお菓子かぁ〜。お菓子なんて小3の時から食べてないや。ぐへへへへ。」
★
「龍成様?あ〜ん❤︎」
「あ〜ん。」
長い車の中でアリサは龍成の口にマカロンを入れていた。
龍成はアリサの"あ〜ん"を拒むことなく、超高級お菓子を頬張る。
「マカロン、うんめぇ〜。」
そして幸せそうな顔を浮かべていた。
「龍成様❤︎次はバナナですよ〜。
はい。あ〜ん❤︎」
「あ〜ん。…(もぐもぐ…ゴクリ)……
バナナ、うんめぇ〜。」」
まるでラブラブのカップルのような2人だ。
「アリサ様。…その者が結城龍成なのですか?」
アリサのメイドである、薄い水色の髪が特徴的な朝宮沙織が怪訝な顔をしてそう言った。
「そうですよ。この方が私の龍成様です。」
「誰が、お前の龍成だ。俺は身も心も天乃に捧げてるんだ。」
「天乃様?……ああ、あの子ですか。
確か…男…でしたよね?
もしかして、そっち系だったのですか?」
「違うわ!俺はノーマルだ!
アブノーマルじゃねぇ!ただ、天乃が例外なだけ!」
「そういえば、佐江内賢治さんとも仲が良かったですね。龍成様って。」
「やめろ。冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろうがー。」
「うぅぅぅ。龍成様!痛いです!」
中野アリサの頬をつまんで引っ張る。
モチモチで肌触りが良く、きめ細かな肌だった。
今朝、龍成は春亜を起こすために頬を触ったが、彼女の頬も勝るとも劣らない上品さを誇っている。
「仲がいいですね。」
2人を見守っていた沙織が穏やかな笑みを浮かべる。
「あ、すみません。お騒がせして…」
龍成は照れるようにして、頭をかきながらヘコヘコと頭を下げた。
「いいえ。大丈夫ですよ。………そういえば、自己紹介をしてませんでしたね。
…私は朝宮沙織と申します。
アリサ様のメイドでございます。
以後、お見知り置きを。」
「はい。…
俺の名前は結城龍成と言います。
陰キャでパンピーの高校2年です。
よろしくお願いしますね。
朝宮さん。」
龍成は沙織と軽く握手し、笑顔を交わした。
そして、気づいた。
(あれ?この人。…右目に火傷のしてるのか?
かなり大きな傷だな。)
一方、アリサはその光景を羨ましく見つめている。
まるで構ってオーラを全開にしている子猫のようだ。
「龍成様!次はチーズケーキです!
あーん!」
「あーん。」
アリサはプンスカと怒りながら、フォークに突き立てたチーズケーキを龍成の口に運ぶ。
(私が一緒に話してるのに、他の女と話すなんて許せませんよ。龍成様!)
自己顕示欲が強い彼女はついついそんな事を考えてしまう。
龍成が話した相手が自分のメイドであっても、その嫉妬心は有効に働くようだ。
「もぐもぐ………うん。絶品だ。うまい!」
まぁ、龍成がアリサの嫉妬心に気づくことなどあるはずもなく、口の中のチーズケーキを堪能していた。
「あの。結城様。……この火傷のことは聞かないんですか?」
そんな折、沙織が俯いてそんな事を話し出した。
「え?急になんですか?……中野、次はモンブランが食べたい。」
シリアスな雰囲気を漂わせている沙織とは裏腹にマイペースな龍成。
アリサもアリサとて、「はい。あ〜ん❤︎」
と沙織はそっちのけの状態だ。
「いえ……私って、右目を……というより右半身を火傷しているので…初対面の人は凄く私のことを気持ち悪がるんですよね。
言葉には出さなくても…雰囲気とかで分かるんですよ。………」
「ふーん。そうなんですか。
中野。次は…………ザッハトルテだ!」
「はい。あ〜ん❤︎」
「でも。………その。
結城様からはそのような雰囲気が感じられませんでした………。」
沙織はマイペースな2人を気にすることなく話し続ける。
過去に相当な悲しみを背負っているらしい。
それほどに思いつめた表情だ。
瞳には涙を浮かべ、何かを恐れるようにブルブルと肩を震わせている。
龍成はそれを見てザッハトルテを飲み込むと、真剣な表情で沙織と向き合った。
アリサは少し不服そうにしているが、どうやら空気を読んで黙ってくれるらしい。
「まぁな。別に朝宮さんは気持ち悪くないですからね。」
「……え?こんなに汚い肌で、見た目も…」
「何言ってるんですか?火傷如きじゃ、女性の美貌は衰えませんよ!」
偽善者のような言葉だが、彼の言葉には説得力があった。
雰囲気だ。
沙織がはっきりと感じているように、龍成からは自分を軽蔑するような視線や振る舞いが皆無である。
まるで沙織を一人の普通の女の子としてしか見ていないかのようだ。
「………。」
沙織は黙ることしかできなかった。
「……もし、そんなに火傷の痕が気にならんなら、ちょっと顔を見せてもらってもいいですか?」
「……え?いや無理です。恥ずかしいので。
それに……この髪をたくし上げたら……
絶対に私のことを嫌いになります。」
白い手袋をした両手で前髪を抑えて全力で龍成の提案を否定した。
「…そうですか。……ではその右手を俺に見せてください。」
「……どうしてですか。……」
沙織はどうしても火傷の痕を龍成に見せたくないようだ。
いや、龍成だけではないだろう。
アリサにとチラチラと視線を送っていることから、アリサにも見せたくはないような感じだ。
だが、
「沙織。…その手袋を外して、龍成様に見せてあげなさい。」
突如として、アリサが沙織にそのように命令した。
「いえ……その……ですが……」
「主人の言うことが聞けないの?」
「……………分かりました。アリサ様。」
その時のアリサは怖かった。
あの龍成でさえも苦笑いを浮かべるほどだ。
ーしゅるりー
沙織は震える手で右手の手袋のリボンを解いていく。
瞳には涙。
龍成は
(なんか。……ごめん。朝宮さん!)
と心の中で土下座している。
「ど、どうぞ。」
手袋を脱ぐと、ゆっくりと龍成に右手を差し出してきた。
(確かに……ひどい痕だ。)
赤くただれた手はその後遺症から、根強いシワが刻み込まれており、血管が醜く浮き上がっている。
(…こんな傷、そりゃぁ、誰にも見せたくないわな。……)
少し罪悪感を感じてしまう。
目の前で龍成から顔を背けている沙織を見るとなおさらその感覚が強くなるようだ。
だが……………
「よいしょっと!」
龍成はそんな掛け声とともに沙織の手の甲を力強く押した。
ーピキーーン!!ー
この直後、沙織の身体に電気のような衝撃が身体中を迸った。
「痛っ。」
そして、反射的に龍成の手をなぎ払って、手を引っ込めてしまう。
同時に沙織は睨みつけるように龍成を見すえた。
(この人も結局は、他の人と同じだったのですか………私が頑張って火傷の傷跡を見せても…………少しでも信頼した私が…バカでした。)
クッと下唇を噛んで、一粒の涙を流す。
(恥ずかしい火傷の傷跡を見せて、痛みに敏感になった皮膚を許可もなく刺激してくるなんて……この人が、今までで一番…最低な…)
ワナワナと怒りが沸き立ってくる。
主人の命令とはいえ、こんな男に少しでも心を許してしまった自分の過失。
"やはり他人は信用すべきではない"と沙織は心に誓った。
その時。
「ごめんごめん。……でも、うまく言ったみたいだよ?ほら。右手。見てみなよ。」
龍成は突如として、そんなことを言い始めた。
「右手?………!?!?!?」
夢かと思った。
白く透明度の高い皮膚。
シワなど無く、すべすべになった皮膚。
ピンクの血色のいい、艶々の爪。
沙織の怒りは虚無と化し、唖然と口を開いた。
「い、一体。どうして。」
アリサも目を見開いて驚いている。
彼女もまた、今の現状を理解できていないらしい。
「えーと。説明しにくいんだけど。
……火傷の痕を治す秘孔を突いたんだよ。
まぁ、反動が大きいし、一気に全部直せないから何回もは使えないけどね。」
あははと笑いながら軽く答える、
その時。車が停車した。
窓から外を見ると、龍成のアパートがそこにはあった。
どうやら到着したらしい。
(つーか。なんで俺の家の場所知ってんだよ。)
とも思ったが、(別にどうでもいいか。)と開き直る。
「んじゃ、帰るわ。じゃな。中野。朝宮さん。」
だが、2人は無反応。
未だ呆然としている。
荷物を肩にかけて、運転手の人にお礼を言って下車し、バタンと車のドアを閉めた。
そして、その後でアリサは我に返って、龍成がいなくなっていることに気づく。
「あれ!龍成様!一体どこへ行かれたのですか!」
一方。
未だ右半身根強いやけど痕を残している少女は、美しい右手を胸しまいこんで、ボソリと呟いた。
「龍成様。……か……。
アリサ様の想い人。…………」
そんな彼女の頬はどうしようもないほど赤らみ、心音を大きくしていたのは言うまでもないだろう。
あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん
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