第八十話 復活の瞬間、聖乙女の選択
キャロラインはメビウスを見るなり、憎悪を目に宿していたが、俺を見つけるとすぐに瞳はいつもの明るくて素直なキャロラインへと戻っていった。
「リーチェ!!」
「キャロライン、お願いだ、いろいろあったけれどメビウスの話を少し聞いて欲しい」
「……メビウス」
「これには事情があるんだ! キャロライン、俺を信じてくれ! そうだろ、メビウス!」
俺が訴えて振り返ればメビウスはキャロラインへ近づき、跪き、手を取る。
頭を垂れて、お願いしますという、降伏しますというポーズを取っている。
「ヴァステルデ……モートルダムは、神には相応しくない。神にしては人へ肩入れしすぎて苦しみ、今回病を発症させた。違いないな? 我が乙女の見解と相違ないな?」
「それは……そうだけど。ねぇ、貴方はヴァスティなの?」
「我が乙女よ。我が愛しの妻よ、俺様はモートルダムの欠片、理想の姿だ。こいつらのように、外へ出てお前と戯れたかった姿であるのだ、それで察して欲しい、神ではなくなりたいと」
「メビウス……でも、でも、死んじゃってるのよ、ヴァスティは」
「真復活剤ならそこの馬鹿面を使えば作れる、問題はその後だ、我が妻よ。人の姿であるヴァスティと、神の姿であるモートルダム、どちらを選ぶ?」
「どういう、ことなの」
「馬鹿面の持つティアラには我が乙女の願いを一つ叶える効果がある、それにてヴァステルデの未来が決まる。我が乙女にしかアイテムは使えない。人として生きることも出来るが、神として生き偉大なる幸福をこの国に与え続ける行為もできよう。人として生きるのであれば一般的な幸福を得る。さて、乙女よ、どちらを選ぶ? 我が願いはもはや言う資格はない、ただただ乙女に任せよう」
キャロラインは瞬いてから、じ、とメビウスを見つめ、それから顔をあげて俺やシルビアを見つめる。
キャロラインは長く考えていたが、俺に手を差し出す。
「薬を。復活剤をちょうだい、いいえ、私が作る。決めたわ、どちらにするか」
*
俺から少し血を抜き真復活剤をキャロラインが作り終えて、五生宝を使った調合の薬をヴァスティに飲ませる。星屑飴を目にしたキャロラインは、星屑飴に宿る魔力を嫌悪した。
その後でも意識の戻らないヴァスティに、キャロラインはティアラをヴァスティにかぶせて、そっと祈るようなキスをすると、二人は輝き虚空へと浮かび上がる。
キャロラインはヴァスティに抱きついて、ヴァスティはゆらゆらと七色に光っている、やがて七色に輝くのが終わると、メビウスが今度は輝き真っ白く光る。
『礼を告げよう、人の子よ、それがお前の願いか。そうか、罪を償えと。そうであれば俺様が、光の神と兼任しよう――さらばだ、シルビア、キャロライン。我が乙女たち。天へと戻ろう、お前たちに加護を祈る』
しゅばぁんっとものすごい勢いで光が駆け抜け、そこにはメビウスは消えている。
メビウスがヴァスティの代わりに、光の神へとなった様子であった。
ヴァスティがそっと青い瞳を開き、手を握りしめる、驚いた様子で瞬いているとキャロラインが泣きながらヴァスティにキスした。
「未来が、見えない……祈りの声もしない?」
「人間として生きていく証拠よ、よかった、ヴァスティ……! 私を一人にしないで!!」
「キャロ……悪かった、もうしない。オレは、オレは貴方が好きだ。愛しているよキャロライン。オレと未来を歩んで欲しい、オレはもう何者でもない、ただの人間で身分もあるけれど……」
「私は貴方と生きていくことを選ぶわ、それが世界を破滅に追い込むとしても。大好きよ、ヴァスティ」
二人のキスシーンに俺はほっとしたが、次の瞬間はっとする。
シルビアだ――シルビアは、人なのだから、魔王としているのだから、処罰されないわけがない。
ゆっくりと地上におりてきた、キャロラインへシルビアは笑いかけた。
「さぁ、キャロライン姫様。お時間です。ライバルだったあなた様が倒してください、魔王の私を」
「シルビア様……」
「そうしないと、どの国にも顔向けできませんわ、どの国も納得しないでしょう」
「……シルビア様、分かりました。ヴァスティ、全世界へ、この空間の光景を届けて」
「キャロライン! シルビアは」
「リーチェ今度は私を信じて、お願い」
キャロラインのお願いに弱いのか、ヴァスティは全世界へまるでテレビ中継のような映像を、人々個人個人へ届ける魔法をしかけた。
キャロラインは、シルビアをじっと見つめて、世界中へ語りかける。
「皆さん、もう心配ありません、魔王はこれより今から私が倒します」
外から沸き起こる歓声に俺は少しだけ怒りが募る、そんな簡単に喜ばないでほしい。
苦しい思いをしながら英断した二人の少女を気軽に、歓迎しないでほしい。
キャロラインが一言祈る――。
『サンチェルド・ルートヴィッヒ=メビウス』
キャロラインの祈りで、シルビアの身体が輝き、身が白く包まれたかと思えば、次の瞬間真っ白いドレスへと変化していた。
片目も元の青い目に戻っていて、明らかに人であった。
魔物の気配も、シルビアからは感じられなくなった。
『皆さん、シルビア姫は内密で、モートルダム神様が亡くなられる未来を知り、代理のメビウスを説得し、善神とさせました。これより、文句があるなら私に言いなさい。彼女は、ただのか弱い女性であります!! 魔王のシルビアはここに倒れて消えました!』
人々が戸惑いぽかんとしてるなか、ヴァスティは爆笑し、映像を切る。
キャロラインが俺へと笑いかけてから、シルビアへ綻んだ。
「貴方は私が、誰よりも信頼している親友の思い人です。親友がもっとも大事にしたい方だと思います。そうであれば、私も大事にしたいのです、友になりたいのです。手段は許せませんが、確かに貴方に救われこの人が生きているのだから……」
キャロラインはヴァスティと腕を組み、ヴァスティは照れながら、俺と目が合うと笑った。
「うちのお転婆がすまん……」




