第七十二話 恋の駆け引き
出会ってすぐなのに心惹かれるのも納得はいく。
だけど、それを本人から明かされる以外に、知りたくなかったな。
部屋のバルコニーで黄昏ていると、アッシュがダンスの様子を聞きにやってきた。
「馬鹿みたいに明るいお前が、馬鹿みたいに暗い顔だ」
「ヴァスティと喧嘩したからな」
「……なるほど、さるご令嬢について、注意でもされたか」
「アッシュ知っていたのか、あの子が誰なのか」
「……俺は難攻不落の女性を紹介しただけだ、コンタクトをとることができたから。ヴァステルデ様はなんとおっしゃっていた?」
「お前の恋は悲恋になると」
「それを覚悟できないで落ち込むくらいであれば、それは恋じゃないと今は思う。必ず叶う恋など見たことない、それを叶えるくらいの意欲がなければ、諦めたほうが君たちのためだとは思う。だがまあ、君には活力があったほうがいいと思ったから、あの難攻不落を紹介した。好きだろ、ああいう女」
「ものすっげ大好きです……」
「それと、一つ言うが、諦めることも悪いことではない。難攻不落だから、諦めることもあるだろう。そのときは、ディスタードにでもイミテにでも慰めてもらえ」
「お兄様公認?」
「落とせるものならな?」
ふ、と妹をよほど落ちないと思っているのか、発破かけているのか分からなかったが、励ましてくれてるのは分かった。
俺は礼を告げ、しばらくはシルビアが言い出すまでは、あなた、と呼び続けてみようと決心がついた。
シルビアも、何か事情があるのかもしれない。
窓辺にある白いカランコエに似た花に触れる、花の香りが、なぜか切なかった。
*
ヴァスティに服を頼むわけにはいかなくなったので、毒泉国に手紙を送れば、二番目の兄貴が当日届けにくると書いてあった。
二番目の兄は、とにかく話が半分くらい通じたらラッキーで、俺よりもそんなんで王子務まるの??と言われそうな人。名をレオナルドという。
ただ、めちゃくちゃ頭の回転速度は速いが、ずば抜けて天才ってわけでもない。
瞬間的理解力と空間把握能力にたけているんだと思う。
弟の用事を言い訳に視察も兼ねそうだな、あの人なら。
レオナルド兄さんからは、どこで聞いたのか「魔王か竜と懇意にしとけ」と書いてあった、お返事に。
とりあえず、服の心配はしなくてよさそうだ。
ぼんやりしながら、「俺のあなた」とダンスを練習する。
ご機嫌そうな相手に、「どうしたんですか」と問いかけたら、「俺のあなた」は指先を踊らせるように文字を空に描く。
『ダンスがお上手になってきたから』
「そりゃ嬉しい、やっぱり俺天才だから」
『調子に乗らないことね』
あいたっ、ダンスしながら蹴ってきた、いってぇよくっそ!!
「俺のあなたは、踊る相手が本当に俺でよかったのか?」
『変なこと聞くのね、駄目ならこの場にいないわ』
「だって、その、将来の相手になるかもしれないって聞いたからアッシュに」
『……リーチェ殿下、これは私の賭けよ。賭けに付き合って貰っているの』
「賭け?」
『私の好きな人が追いかけてくれるか、会場で見つけてくれるか』
好きな人という単語にイラッとした、俺は利用でもされてるのだろうか。
今日でなければ、ふーんそうかーへええええ?と少し嫌みな態度をとるくらいで流せただろうに、俺は気づけば「俺のあなた」の顎を捕らえていた。
「その人、余裕だね? 俺に奪われるとか考えないんだ?」
『それは』
文字を書かせる暇もなく、その子に俺はキスをし、その子は驚いて固まっていた。
イミテも目を見開き固まっていて、演奏が止まる。笛が落ちる音が、からんからんとした。
『何をなさるの、無礼者』
「……仮面で隠してるけど、顔赤そう。耳すげぇ赤いもん」
唇を離して耳に触れて嗤ってやると馬鹿にされたと思ったのか、「俺のあなた」は平手打ちを俺にして去って行った。
「……これくらいの意地悪は、いいだろ。シルビア、もしお前なら」
叩かれた頬を片手で押さえていると、イミテが慌てて駆け寄ってきた。




