第六十九話 もう後ろは振り向かない、前だけを見る
夢から目が覚めれば、俺とアッシュは起き抜けのけだるさにやられていた。
夢の中で、納得のいく答えが見れたならいいのだが。
起き上がるなりアッシュのほうを見やれば、アッシュは目元を隠しながら、笑っていた。
「間抜けだな。俺は。妹と家族にすべて背負わせてしまったことすら、忘れていたようだ」
「暗殺ってぇわけでもなさそうだ、あいつの考えてることがいよいよわからない」
「メビウス、か……一つ、意趣返しをしてやりたい。待ってろ、意趣返しになりそうなものを一つ持っているんだ俺は」
アッシュは自室のデスクから、やたらきらきらと紫色に光るそれを取り出して、にやりと笑いかけた。
「それ、もしかして」
「なぜだか、持っていた。ピュアクリスタルだ、俺にはもういらない。君に闇に傾きかけているなど心配されるという、稀有な体験は二度とごめんだな」
紫色のピュアクリスタルを受け取るなり、俺の中で何かがひらめいた。
これは、……多分アイテムを生み出すときのレシピを覚える感覚に似ている。
脳裏によぎった単語は、「聖なる乙女のティアラ」――これはアイテム名だろうか。
まじまじとピュアクリスタルを見つめる。
そもそもあいつらはなぜピュアクリスタルに拘るのだろうか。
あいつらなら自力で願いすら叶えられそうなのだけれど。
紫色のピュアクリスタルは、不思議と昔から持っていたかのように、手になじんだ。
*
後日きちんと金色香草と仰々しい手紙が届いた。
個人的な手紙だというので、こっそりあけてみれば、王様からひと言メッセージが書かれていた。
『我が子らは、君の采配にかかっているかもしれないな』
手紙をしまいながら歩いていると、キャロラインと話すアッシュに出くわす。
どうやら先日の婚約者候補にあがっている話について、語り合っているようだった。
「俺は随分君の心を大事にしない態度を取ってきていたと思う。君や、とある馬鹿を見ていて、人を愛する思いの伝え方を学んだつもりだ」
「アッシュ様……あの」
「大丈夫、君が誰を好いているかは分からなくとも、俺は選ばれないのは分かっているんだ。断っておくから安心して思い人と結ばれるといい――幸せにならないと、この俺をふるんだから許さないぞ」
「っふふふ、はい、分かりました! 絶対に……幸せになります」
盗み聞きした話は知らんぷりしたほうがよさそうだ。
ただ後で果物を差し入れしたところ、盗み聞きがばれて俺は怒られるし、何故だかため息もつかれた。
アッシュの顔つきはそれでも、つきものがとれたようにすっきりとしていたのでほっとはした。




