第六十六話 犬騒動
アッシュは絶句し、俺は必死にこみ上げる笑いを押し隠す。
いや、さ。いやさぁ、そんなつもりなかったんだよ??
失敗した調合ではなかったし、ただイミテも予想外だったのかぷるぷると笑いを押し隠している。
――頭だけ人間の犬キャラヴェル様と、アッシュだけが笑っていない。
キャラヴェル様は少し長めの緩いパーマがかかった髪の毛を揺らし、渋い顔つきで「やれやれ」と口にした。
「流石アッシュの呪いたいランキング一位の方だ、私も是非呪わせて頂きたい」
「く、薬、調合は間違ってなかったンですけど、何かすみません……」
「どういうつもりだ、リーチェ!」
怒り狂うアッシュを制するように、キャラヴェル様は落ち着き払って咳払いをした。
「落ち着きなさい、この人も悪気があったわけではないだろう」
「しかし父上!」
「アッシュ、思うとおりにいかないのが呪いというものである。気長に呪いの解除を待つが良い、何そこの御仁が涙を流せば元に戻る」
「はぁ……」
「お前は信じることを覚えなさい、友達なのだろう?」
「誰がこんな奴友達ですか、失礼します。リーチェ、父上に下手なことするなよ、君はただ泣いてくれればいい」
余計なことはもうするなよ、と睨み付けられたのでオレは、肩を竦めることしかできなかった。
荒々しい扉の閉め方でアッシュは部屋から出て行き、入れ違いで戻ってきたディスタードは爆笑していた。
*
「はははははははははは!!! キメラだ、キメラがいる!」
「馬鹿お前失礼だぞ、キャラヴェル様だこの方は!」
「そうは言っても! リーチェくん、君だって肩が震えているぞ!」
「いやぁおかしいなぁ、俺の読みだとこの薬で短期間は何とかなるはずなんだけどな……」
「もう一回飲んでもらってはどうだろう、どうでしょうか、キャラヴェル陛下」
ディスタードは恭しく一礼をし、許可がでるまでは頭をあげなかった。
キャラヴェル様は分かったと、頷きもう一度薬を飲むこととなったのだが。
薬を飲んでもらって瞬いた瞬間目の前にいたのは、下半身王様の頭だけトイプードル。
待って、おかしい、な?
犬の頭だとしゃべることができないからか、キャラヴェル様はじっとこっち見てる。
「お、おこって、ます、よね?」
やだ、キャラヴェル様が無言で近づこうとしてきたから咄嗟に逃げた。
頭だけトイプードルおっさんが追いかけてくる!
「おっさん、怒ってる?! 怒ってるよねぇ!! これ完璧キャラヴェル様怒ってるでしょ!!」
「きゃんきゃんきゃん!!!!!!」
「犬の声で鳴くなよ! うわっ、やめろ、追いかけてくるなああああああ!!!!」
地獄のトイプードルおっさんとの実験室ドッグランから解放されるには、すでに後悔と怒りと悲しみの涙が出ていた。マジで怖いだろ、頭だけトイプードルの権力すごいおっさん追いかけてきたら!!
数十分格闘するも、キャラヴェル様は人間に戻った。
なんでかは聞かないでほしい、ディスタードが笑い死ぬ勢いで、腹を抱えてぷるぷる今も震えていることで察してほしい。
「無礼さは置いておこう。お陰で助かった。御礼に君の望む金色香草の調達と、君の魔力の塊のような体のことは内緒にしておこう、楽にしてくれ。堅苦しいのは苦手でね」
「物理的に命狙われると辛いので、助かります……ううっ!!!」
わっ、と泣いてしまった思わず。
キャラヴェル様はじっと俺やディスタードの顔を見つめて、感慨深そうにする。
「昔はアッシュも泣き虫であったのだが最近ではそうではないようだ、と思っていたところにまるで読めない君たちという友人。私は驚いたよ」
「泣き虫なあっしゅうう? ボクの金の友がそんな軟弱なわけがない!」
「水色の子とアッシュの関係は今の言葉で、分かった。金の無心かね」
「違う! ちゃんと僕は対価を用意して無心している!! タダじゃあないとも!」
「変なのに好かれたものだな、しかしなんだ……リーチェ殿、君とアッシュの関係がよくわからないのだよ」
「まぁここまできたら、腐れ縁に似た空気はありますね。俺もアッシュも、お互いが認めたくない分野で極めてるものだから、お互いにそれを利用しあっているようなものですよ」
「そういいながら君は悲しげだ」
「本当は友人ってやつになれたらいいんですけどね。折角の学友ですし。まぁでも嫌われるのは慣れているんで」
キャラヴェル様は自分の髭を撫でながら、目を細めた。
「きっと、君は自分に自信がない。自信のある素振りをするが本心は嫌われたくなくて、そんな予防線をはるのだな」
「合ってますよ」
「過去の私と被るものだ、ははは。いいか、目的だけ見ているのならば、君たちは邪神にも勝てないだろう。私のようになってくれるな」
「犬になるなって意味ですか!?」
ディスタードの茶々に顔をしかめたものの、そこまで気分を害していないらしく、迎えをディスタードに来させるよう言伝を頼ませたら、あっさりと迎えはきて、アッシュはとうとう父親のお見送りにもいかないまま、だった。