第六十四話 暗号手紙と犬になった人
「ねー、とってもややこしいだろ」
ディスタードは部屋にある林檎をしゃくしゃくと無断で食べながら、俺とアッシュの様子を窺う。
アッシュは蟀谷を抑え、唸った挙げ句海よりも深い溜息をついた。
「父上はいつもそうだ、行動が早い。三日後に使いを出すだと」
「アッシュ自身はどうなんだ? 最初運命の人とか思ってたんだろ」
「……目の前で誰かさんを熱心に見つめてる姿を見てると、敵わないだろうな、とは思ったよ」
じろ、と俺を見やってからアッシュは手紙を何度も読み返す。
「いや、待て……手紙に暗号が仕組まれている、本題の内の一つだろうが主題ではないらしい」
「暗号? 君の国では暗号を仕組んで、試しあう文化があるのかい?」
「ない、そんな文化は。お前のように勝手に読む奴がいるからだ! どのみちややこしい事態だ、暗号からすると父上が呪われたらしい、詳しくは使いから話があるそうだ。この手紙は、父上が直接書いたのでは無く、臣下が書きそこからの救難信号のようだ」
ディスタードの茶々にげんなりしながら、アッシュは考え込んでいるが、ふと気になったことを告げてみる。
「ピュアクリスタルと関係があるのかな、タイミングが被りすぎていないか?」
「うちの国は、モートルダム様には及ばないが光魔法の加護はある。ピュアクリスタルをオレもシルビアも失っている。関係ないとは言い切れないな。もっと厄介なのは学校の行事だ、もうすぐ舞踏会があるだろう。お前達は踊る相手はいるのか? 今のうちから誘っておいた方がいいぞ、お前達の器量なら……今からでないと間に合わないだろ」
「まだ六ヶ月も先ですけど?!!」
「自分の召使いはパートナーとして認められないからな? リーチェましてやお前は嫌われている」
「うぐっ……ご指摘有難う」
「ぼ、ボクはもてるからね、大丈夫だ! アッシュくんのほうこそ大丈夫なのかね?!」
「お前の見落としている手紙に、沢山誘いの手紙があって舞踏会の存在に気付いた。婚約者としての査定もあるだろうから、舞踏会は慎重にパートナーを選ぶといい」
成る程、ただのお友達でいましょうねっていう雰囲気で申し込めるわけでもないのか、今回の舞踏会は。
聞けば、舞踏会には習わしがあって、注目を最も浴びたカップルは永久に幸せになカップルとして結ばれるらしい。
キャロラインはどうするつもりなんだろう、ヴァスティはあの身体で申し込めるんだろうか、とか色々思案したがとりあえず病人優先ということでアッシュには一日ゆっくりしてもらうこととした。
*
三日後、イミテと門前で掃き掃除をしていた、オレらの当番だそうだ。
たんまり集まった落ち葉で小さな山を作っていると、馬車がやってきた。
これは、アッシュの言ってた使いかな、と思っていたら馬車が開くなりトイプードルが一匹俺の顔面めがけて飛び込んできて、しがみつく。
「ああっ、キャラヴェル様! すみません、突然。どうしたんですか、キャラヴェル様」
使いの人らしき人は、犬をキャラヴェル様と呼び自分に引き寄せようとしたが、この犬中々俺から離れようとしない。
「よーしよしよし」
犬を撫でながら、何とか引きはがそうとするものの犬は何度も俺のところにやってくるので、どうしたものかと悩んでいた。
「すみません、あの、すみません」
「いえ、間違えていたら失礼ですが、アルデバラン殿下に御用のある御方ですか?」
「あ、はい。私、殿下に相談をしに参りました、殿下のご学友様ですか? ああ、もしかして手紙によく出るリーチェ様ですかね?」
「あ、そうです」
手紙によく出るなんて照れるな、よっぽど親しみを込めて……。
「あの、呪いたい王子ナンバーワンのリーチェ様!」
アッシュ!?! お前そんなに嫌っていたの?!!
まぁいいや、想定内のひとつだから、俺はイミテに視線を向ける。
イミテは頷き、アッシュを呼びに向かい、俺は犬の相手をする代わりに使いの人に掃き掃除を任せておく。
しばらくしてアッシュがやってくると俺の頭を叩いた。
「何をさせているんだ、君は。……犬?」
「アッシュ様! その方は、ええと、兎に角話はアッシュ様のお部屋で……」
場所をアッシュの部屋に移動するなり、犬はすとんと俺の腕から降り、アッシュにくっつきはじめた。
「この犬はどうした」
「我が国王様です……呪いで嘆かわしいお姿に」
「何だと?! そもそもいったいなぜ呪われた?」
「金色香草を求めに来たメビウスを拒否していたところ、メビウスから陛下が呪われまして。呪いを解くには、天然の薬液が必要だと言われましたが心当たりなく……」
「天然の……?」
「何でも、人魚の涙よりも貴重だそうです。とある方の涙だそうですが、条件がありまして。怒りの涙、悔い改める涙、喜びの涙の三種を国王様が舐めなければ治らないとのことです」
成る程、とっても判りやすい嫌がらせだ。
犬からぺろぺろされてなお前ごときは、っていう意趣返しを感じる。
ピュアエリクサーとか普段言ってるから、俺の涙なんだろうな。
犬自身もそう思うからか、俺からさっき離れなかったのだろうし。
「犬……じゃなかった、キャラヴェル様のことは俺に任せてくれないか?」
「いいのか?」
「アッシュは正直ピュアクリスタルをとられたばかりで本調子じゃない、キャラヴェル様のお世話をしてる場合でもないだろう。何より」
犬と目が遭うと、犬は俺の方へ駆け寄ってきて、足下を只管うろうろしている。
離れたくない! という風に見えるし、じゃれてるようにも見える。
使いの人は判断できずにいたが、アッシュからの説得により頷き、俺の部屋にドッグフードなり世話をするペット用品一式を置いていった。
アッシュは使いを見送った後に、俺の部屋に来てキャラヴェル様を抱きかかえて唸った。
「父上にまで影響がいくとは……心当たりあるのか、天然の薬液に」
「昔からうちの血筋じゃ毒に耐えられなかったら、それまでの命ってことで、新しく毒が出来る度飲ませられて耐性が出来ていくと同時に魔力が蓄積されていったんだ。それぷらす命狙いで毒仕込む奴もいてさ、わんさかと」
「成る程、君の涙で父上は治るということか。君は泣かない印象があるけど、涙は出るのか、簡単に?」
「簡単にいかないから貴重なんだよ、あと俺の家系でしか涙とかに魔力がある人間はいないしな。アッシュ、交換条件だ、キャラヴェル様を人間に戻してやる。代わりに、俺の舞踏会のパートナーを紹介してくれ、見繕ってくれ」
「何故……キャロライン姫ではないのか?」
「多分。多分だけどな、キャロラインは俺をもう選ばないよ」
「何か事情がありそうだな、かといって無闇矢鱈と誰彼構わず紹介できるものでもない。先日言ったが、婚約者の査定も兼ねてるものだぞ? 君にやる気がないのなら、相手が可哀想だ」
「……誘いたかった相手は、魔王になっているからなあ」
嘆息をつくと、アッシュは瞬き驚いた。
視線を泳がせてから、まじまじと俺を見やり、犬もきゃんきゃん少し五月蠅かった。
婚約者になりたいとか、そういうのはおいとくにしても、やる気が出る相手ってのは、俺は認めたくは無いけれどあのお姫様かなって何となく思っただけだ。
あの子がもしも悪役令嬢でなければ、いや悪役令嬢だからこそ惹かれたのだろうか、とか色々心が騒ぎ出す。
ただ偶に考えるんだ、過ぎるんだ、シルビアの切なげな笑みが――。