第五十六話 自己犠牲という呪いからの解放と……
ヴァスティはオレの反応を見れば、やはり、といった顔でウィッグを取る。
そしてそのウィッグをアレク先生に持たせ、思い切り嘆息をついた。
「オレとアレクサンドルで、前にお前達が山に行ってる間にもしかして、と話していたんだ」
「そ、んな……いやいやいや、待って。ヴァスティだとして、あいつの狙い何なんだ?」
「それが判らん。あいつがオレに勝ちたいとかなら判る。だが、そうでもなく。狙いも予言を見ても判らん。ただ判ったのは、メビウスは人の世でいう、闇魔法を司る神だ。邪神だの、災厄だの言う理由が分かった。世界征服については、判らんが」
「じゃあ何であいつに直接やめろとか言わないんだよ」
「……今、オレの力が衰えてきている。今日、姫様の為に、ルーレットの運を与えた。それだけでも、っけほけほ!! このざまだ」
ヴァスティは口元に垂れた血と、手元についた吐血後を見せる。
前より悪化してるじゃねぇか?!!
「ヴァスティ、今すぐ力は使うな、悪いことは言わねぇ!」
「そうもいかない、依怙贔屓を姫様にしてはいるが、他にも祈る人々はいる。魔物討伐しにいってる者に付きそう僧侶とかな、いるんだよ」
「ヴァスティ!!」
なっさけねぇ顔で笑うヴァスティに怒り心頭。
俺はヴァスティの両肩を掴んで、一生懸命説得しようと必死だった。
ヴァスティは今すぐにでも命を投げ出して、全部の血を輸血したがる馬鹿に見えたからだ。
投げ出していい命なんて、神様でさえないと思う、つか神様が死んだらあかんだろ!
「自己犠牲が美しいなんて勘違いするな! そこまでいくと、いっそ呪いだ!」
「でも、オレの加護がなければ人々は生活できない……」
「大丈夫だ、ほっといたって案外うまくいくもんだよ! 本心がそれなら、どうしてキャロラインには風邪だといった?! お前も心の何処かでは、後ろめたいんだろう、自己犠牲が!」
「違う! 姫様が悲しい顔をされるのが嫌だからだ……ッ」
「前にもしかして復活薬作って欲しいって言ってたのは、自分の為か?」
「違う……予言で、とある事実だけは変わらず写っていたからだ、予言の本に」
「ヴァスティ、友として言う、俺は信仰者じゃないからな。キャロラインだけでも、力を使うのはやめてくれと、お前自身が伝えろ。隠されていたほうがショックだと思わないか!? お前たち長い付き合いなんだろ?!」
「テメェにゃあ判らねぇよ……人を、姫様を、オレが守りたいんだ!!」
「それで死んでもいいってか!? キャロラインに二度と会えなくても!?」
「ッ……頼みが、あるんだ」
俺の手の指を一本ずつ引きはがしながら、ヴァスティは力強く俺を見つめた。
それこそ、神だというのに人へ縋るというような眼差しだった。
「オレの予言ではお前しかいない、頼む、オレの病を治してくれ」
「医者の言うとおりに養生するつもりもないやつに!?」
「……できる限り言うことは聞く。ただ、大きな祈りや、姫様が危ない時だけは力を使わせて欲しい。だから、頼む……」
「どうして治りたいか訊いてイイか。今の戦いをどうにかしたいだけじゃあ、ないんだろ」
「……それは……」
ヴァスティの自己犠牲変化は、多分キャロラインに二度と会えなくなるのが嫌だからというところなのだろう。
そこを突き詰めて欲しい。突き詰めると、つまり? 何だ? 言えよほら、お前の感情は判っているんだ。
「ピュアクリスタルを、持っている奴が誰か知っているか」
「話題を逸らすのか」
「そうじゃない、……オレもピュアクリスタル持ちなんだ。本当は、オレも、婿候補だった、んだ」
「過去形なのはなんでだよ」
「……病のままであれば、姫様を未亡人にする可能性があった。だが、お前が今は現れ、何か大きく運命が変わりそうなんだ。……婿候補になりたい、と、思う」
あの、頑なだったヴァスティが!!
ついについに、認めた!
俺は素で言葉を失い、瞬いてからアレク先生を見やる。
アレク先生は、すっと俺に「よかったですね!!」と言わんばかりに、感動しながら握手をしようとしていた。
真っ赤に俯きながら、ヴァスティは、俺の返事を待つ。
「……病が治るかは確定じゃない。それでも、キャロラインを、生きるのを、諦めないか?」
「……理不尽だと思うだろうが、姫様とテメェが結ばれると非常に苛立つ。そこの席に、お前の席に、オレが座りたいんだ。姫様を、キャロを守るのもオレでありたい。だから、病を治してくれと恋敵のテメェに頼んでいる、神のオレが縋っている。情けなく見えても、しょうがないけど、……友だと言うのなら、治してくれ」
ヴァスティは、咳き込みアレク先生に支えられながら、一生懸命切々と訴える。
「俺に、任せておけ。いいか、ぜっっっっったいに、姫様と結ばれろよ?!!!」
「……努力する、キャロの気持ちがオレに向くよう、頑張るよ。――オレは姫様が、ああそうさ、好きだ」