第五十四話 奪われたピュアクリスタル
学園に戻って二人が薬を飲むなり慌てて花園へ向かう、もうすっかり深夜でこういうとき、戦いの場になりやすそうなのは絵ヅラ的に花園だと思ったから。
するとやはり、ディスタードとアッシュ、それからシルビアが闘っていて、生徒達は加勢しようにも周りで魔物が威嚇しているので近づけなかった。
「シルビア! どうして世界征服なんて求めるんだ!」
「お兄様、ご理解頂けないのならそれはそれで結構。ピュアクリスタルだけくださいまし?」
「それは駄目だ、シルビア! 何を考えているんだ、何を企んでいる?!」
「きっと貴方には判りませんわ、お兄様!」
アッシュは心から辛そうな顔で、シルビアを守る魔物へ剣戟を与えていく。
シルビアはこの場を愉しむ魔王たる態度を取っていた。
ディスタードも魔物を散らそうと闘っていたが、一歩ふらりとよろけ、魔物からの攻撃が当たり、肩口に傷を負った!
「うわああ!! ……参ったね、お姫様とは思えない所行だよ、本当にあれは君の妹かい?!」
「そうだと思っていたんだがな!」
「此処にリーチェ君か、キャロライン君がいればなあ……痛くてかなわないよ、っと、やや二人がいる!? 幻じゃあないよね!? 嗚呼ッ最高のタイミングできてくれた!」
「本当か!?」
ディスタード達が俺達に気付くと嬉しげな声をあげ、アッシュは「早くこい、馬鹿者!」などとツンデレ発揮し、笑いながら一瞬だけ手招きし、そのままディスタードを狙っていた魔物を斬る。
剣使い慣れてきたんじゃないかな、結構構え方が慣れてきたというか。
キャロラインはその場で傷の回復を祈り、イミテは手に炎を宿し、まずは灯りを確保する。
アレク先生は生徒達の避難を誘導し、俺は二人に駆け寄りポーションを頭からぶっかけた。
「いたたたたたたた、目に染みる!」
「乱暴な使い方よくないよ、リーチェ君! やや、でも傷は痛くなくなった……君の薬は乱暴だね!?」
「それ中々手に入らない材料で作った今の俺にとって一番効果の高いポーションです、大事に味わってくださいね!」
『味わう暇もなかっただろ!!』
わーお、二人から同時ツッコミ貰っちゃった-。
シルビアの方を睨むと、シルビアは宙に浮かんで杖に乗っている。
にこりとたおやかな微笑みで、指をぱちんと慣らす。
「準備が整ったわ、リーチェが間に合ったのは残念だけれど、これでピュアクリスタルを貰えますわ」
「どういうことだ、シルビア!」
「リーチェ、簡単なことよ。私には、もう一人味方がいるの、お忘れでなくて?」
指を鳴らし呼ばれて一瞬で現れたのは先ほど出会ったメビウス。
先ほどの賭博場でドレスアップしたままの格好だった。
「やれ、服を着替える時間くらい欲しいものだな」
「ごめんあそばせ、でも、場に揃いましたわ。あの方以外は、ピュアクリスタルの持ち主がほぼ全員揃いましてよ」
「ならば誰からにしようか、そうだな――我が魔王の兄君から頂こうとするか」
言葉に反応し、俺がアッシュの方角を見やれば、俺がアッシュを突き飛ばすより早く、地中から生えた強大な蔓がアッシュの身体を捕らえ、きつく締め上げる!
アッシュは剣を手放し、痛みに顔を歪め、シルビアやメビウスを睨み付ける。
「アッシュ!」
「リーチェ、気に喰わん、実に気に喰わん。この場で頼れるのが、君達だというのが。……もし、俺の身に何かあっても、放っておけ。いいな、君達は先に強くなり、俺のことなど捨て置け!」
「そうはいかねぇよ、アッシュ! メビウス、アッシュを離せ!」
「そうはいかぬ、俺様とて予定というものがあるのだよ――さぁ、出でよ黒きピュアクリスタルよ!!」
メビウスがアッシュを空へ浮かばせると、アッシュは劈く悲鳴をあげ、胸元から黒いクリスタルが産まれた!
クリスタルが身体から出るなり、アッシュは項垂れ、ぜぃぜぃと呼吸を整えようとする。
それでもぐったりとし、やがては気絶してしまったようだ。
キャロラインの光魔法による回復は間に合っていたのだが、それ以上のダメージがあったようでアッシュの身体はだらんとしている。
「アッシュ様!」
「実に美しく気高い黒さだな、流石は誇り高きアルデバラン国の次期国王だ、良き心の持ち主だ」
「メビウス、それを返しなさい!」
「我が姫よ、それは無理だ。世界征服に必要なのだよ、貴様らに運命があるように、俺様とて運命というものがある」
メビウスが地に降り立ちキャロラインに近づこうとしていたので、思わずキャロラインを背にして庇う。
メビウスは俺と目が遭うなり、ふふんと鼻で嗤い、俺を嘲笑った。
「どうだ、金の工面をしてる場合ではなかっただろう?」
「……月華蜜、欲しいンだろう」
「?! トレード、ということか。……――っく、はは、はははは!!! こんな状況下で感情的にならず、冷静に取引を持ちかけるあたりは褒め称えよう! しかしな、どうする、我が女王。ピュアクリスタルとどちらがいいかね」
メビウスは振り返り、シルビアを見やる。シルビアはためらいなく、要らない、といった。
表情は冷酷そのもので、今の深夜という時間帯がぴったりな女帝そのものであった。
「最終的に最後に出来上がるものを、奪えばいいのよ」
「……だそうだ、提案は悪くなかった。ただ我が魔王の意志にはそぐわないようだ、それではまた会おう、親愛なる反吐が出るほどに純情なクリスタルども」
メビウスとシルビアは哄笑を残して、闇へと消え、残された俺達はアッシュの看病をするのだった。




