第五十三話 無敵の神様
賭博場は、落ち着いた大人の雰囲気で煙草臭かった。
ルーレットに、カードがある。外では豚を早く走らせ、一等の豚はどれかを当てるかなどしていた。
真っ赤なカーペットのうえに、かなり美女となっているキャロラインやイミテをエスコートしながら歩くもんだから目立つ目立つ。
門前の番人なんか胸に釘付けだもんな。わかるわかる。
中に入れば二手に分かれ、アレク先生とイミテは夫婦のふりを、俺とキャロラインは姉弟のふりをすることにした。
「姉様、ルーレットなどいかがでしょう」
「そうね、それにするわ。皆様御機嫌よう、お邪魔しても宜しくて?」
突然の美女の登場に、一同は驚くも、大喜びでキャロラインの参加を許した。
馬鹿め、お前らの金はありったけ貰っていくからな!!
「お嬢さんと、坊や、飲み物はミルクがいいかな?」
「いいえ、お水を。レモンたっぷりいれて」
「酒は飲まないと?」
「お酒を飲むと身体が火照ってしまい、大変なのよ。淑女としては慎みたいわ、慎み深い女はお嫌い?」
キャロライン、ナイス回避。野郎どもは、妄想してそれ以上追及してこなかった!
勝ち負け表のとおりに最初の方は当たっていて、勝ったり負けたりも順調だった。
しかし予想しなかったことがおきる。
「随分勝ってるんだな、俺様も恩恵にあずかりたいものだな」
隣に仮面をつけた男が座り、俺達はぎょっとする。
メビウス?! 何でこんなところに――!!
*
「やぁ、毒薬の君。元気かね、嗚呼、そう睨み付けないでくれ。シルビアは今日はいない、貴様の愛しのシルビアは……仕事があってだね?」
「何をさせてるんだ、シルビアに」
「なぁに、我々がピュアクリスタルを欲しがっているのを知りながら、ピュアクリスタル持ちを放置したのは貴様らだろう? あのピュアクリスタル持ち二人はどうしてるか、など露にも思わず、罪悪感に悩まず、そら勝負を続け給え」
俺はかっとしてメビウスに手をあげそうになったが、ここは貴族の社交場でもある。
そんな野蛮な行為をすれば破滅するのは此方だ、周囲がメビウスという何処の誰かか判らずとも。
愉悦だとばかりにメビウスは口元に笑みを浮かべ、キャロラインとは違う箇所に賭けをする。
「キャロラインよ、我が運命よ。不思議ではないか? この男の考える内容が」
「メビウス黙れ」
「ピュアエリクサー、いいか、万人には知る権利があるのだ。キャロラインが可哀想ではないか、俺様の未来の妻たるもの悲しませてはならんと同情するのだよ」
「メビウス、外に出ろ」
賭けは、ルーレットはメビウスの一点賭けした数字へ止まる――ヴァスティの予言通りに今まで当たっていたのに!
「運命を操るなど愚かな。予言の神はそいつだけではない、と教えておいてやってくれ。俺様の存在を教えるとイイ、モートルダムに」
「何者だ、あんたってやつは」
「災厄だと、申しただろう? まだ勝負を続けるなら俺様も此処にいるがさて、ピュアエリクサーよ、どうする?」
「……今、二人を信じないで帰ればそれはそれで裏切りだ」
「ほう? だから残って、俺様と勝負する、と? もう全てのゲィムは予定通りにはいかぬぞ、この俺様がいる限り」
「……お前は、何がしたいんだ? 邪魔をしたいのか? 構って欲しいのかピュア野郎」
「邪魔の仕方が、この場を壊さないというのは紳士的であろう? なぁ、我が乙女よ、随分と愛らしい格好をしているな。とても美しく、やはり我が妻に向いている。俺様のものへとなりたまえよ」
再びルーレットに賭けながら、メビウスは嗤って俺を除け、覗き込むような姿勢でキャロラインへ声をかける。
キャロラインは冷静に賭けを、一点賭けする。今までのチップ全部だ!
予定にない動きに動揺するものの、キャロラインは静かに怒っていた。
「私の神様は、世界一強くて世界一私の味方よ。私の強運を舐めないでよね、こんなの邪魔にすらならないわ」
賭ける時間は終わり、ルーレットがころころとキャロラインの賭けた数字にいくと、わっと観客が盛り上がりメビウスはしかめっ面をする。
一瞬だけメビウスは口元を抑え、咳き込むが、苛ついた様子で帰って行く。
「精々帰り道に気をつけるといい、可憐で気高き姫君よ。変わらず美しい君を愛しているよ」
メビウスの言葉にキャロラインは心底嫌いなのか、後ろ姿を睨み付けてから俺にすっと腕を絡ませ、小声で囁く。
「そろそろ行きましょう、全額賭けるという大勝負をした後では賭けづらいの。かなりの金額になったし、そろそろ引かないと。それにアッシュ様やディスタード様達の無事が気になるわ」
「仰せのままに、キャロライン。丁度向こうも終わったみたいだ」
別席のカードゲームをしていた席では、イミテとアレク先生が大勝ちをしているようで、イミテと視線が合えば帰るぞ、と合図をする。
丁度勝負の席が終わったタイミングだったようで、俺達は馬車へ大金を積み込みながら、帰って行く。
「アレク先生この大金どうしよう、盗まれない?」
「私の研究室の金庫に入れておきましょう、誰も近づきません、あそこは何故か」
あの王妃推し部屋ならまごうことなき安心だ。
馬車を走らせながら、情報交換をし、先ほどのメビウスの話をする。
「一体あいつは何なんだ? そもそも何故邪魔をする」
「災厄だからというだけの理由ではなさそうだのう」
イミテは深く考え込みながら躊躇うように言葉を口にする。
「それもな、あやつは僅かに清廉なる気配もするのだ。ただの邪神ではない」
「清廉なる気配?」
「うまく言えぬ。しかしてこうして大量に勝つと誠に清々しい!! 実に気分が良き」
「途中どうなることかと思ったけどな、二人とも学園に戻ったらこの薬を飲んでくれ、これで元通りの姿に戻る」
二人は素直に薬を受け取るが、イミテが薬を受け取りながら俺の手を握る。
「どちらの姿がお前様は好みだ?」
「え、い、いやあどっちも素敵だよ?!」
「ふむ、ならば良き。戻ってやろう! しかして、心配だな」
イミテはピュアクリスタルの心配をしているのかと思えば予想外の心配をしていた。
「ディスタードがこの賭け事の仕方を知ったら、金に目を眩めそうで心配だな」
否定できねぇ、すまねぇ、ディスタード。




