95 探り合い
「おまえはどう見る、カノン?」
一先ず最初の話し合いが終わり、王子とツイムを別室へ案内して戻って来た若い魔道師に、ブロシウスはそう問い掛けた。
「なかなか確りされた王子かと」
例によって没個性的な風貌そのままの、当たり障りのない回答に、ブロシウスはフンと鼻を鳴らした。
「恍けずともよい。どう見ても、あの王子は育ちがいいだけの坊ちゃんだ。あのような駆け引きができる器ではない」
「では、あのツイムとかいう従者の智慧でしょうか?」
「阿呆! あやつは忠義だけが取り柄の田舎者よ。ウーム、となると、カリオテ大公国の誰かか。いや、お人好し大公の家臣に、権謀術数に長けた者がおれば、とっくに謀反を起こしておろう。となると」
カノンは黙って聞いている。
自分に質問する時も、ブロシウスが考えを纏めるための合いの手として利用していることは、よくわかっているようだ。
「やはり、ケロニウスだな。あいつめ、どこに潜んだか、全く消息が掴めぬが、ウルス王子の逃避行のどこかで接触したのかもしれぬ。一度、経路を徹底的に洗い直す必要があるな」
推理は間違っていたが、偶然にも真実を衝いていた。
「まあ、それは後の話だ。誰の入れ智慧にせよ、この話、面白い。カノン、わかるか?」
「いえ、わたくしには見当もつきません」
「フン、謙遜するな。あの腹黒いチャドスは、捨扶持を王子に与えて飼い殺しにし、王位継承を大義名分としてバロード奪還戦を仕掛けるつもりのようだが、あまりにも意図が見え透いてしまう。ところが、バロード王家に所縁のあるエイサで華々しく戴冠式でも行えば、名目だけとは云え、王家再興を果たしたことになる。然る後に、正統な王として、本国回復の軍を催させるのだ。勿論、軍勢の中身は、わが帝国軍だがな」
珍しく、カノンが異を唱えた。
「お言葉ながら、バロードにはニノフ将軍がおります。そうなれば、当然、向こうも王位継承を宣言するでしょう」
「おお、そうだったな。そういえば、カルボンとの離反工作はどうなっておる?」
カノンは深々と頭を下げた。
「申し訳なきことながら、まだ糸口も掴めておりません」
「ほう。有能なおまえにしては珍しいな」
半ば皮肉交じりのブロシウスの言葉に、カノンは上げかけた頭をまた下げた。
「誠に畏れ入ります」
「理由は何じゃ?」
「はっ。一つには、カルボン総裁の近辺に常にガイ族の者がいること。きゃつらの警戒の目を掻い潜るのは、なかなか困難です。また、もう一つは、ニノフ将軍の徹底した秘密主義にあります」
「ほう。怪しいのう。英雄らしからぬ振る舞いだな。意外な弱みがあるのではないか?」
「わたくしもそう思い、探りは入れておったのですが」
「ふむ。ならばガルマニアに戻り次第、バロードへ行け。わしの龍馬を貸そう」
「有難き幸せ。なれど、王子たちは如何されますか?」
ブロシウスはフーッと長い息を吐いた。
「無論、一旦帝都ゲオグストまで連れて行く。問題は、わしの提案を皇帝がお聞き入れくださるか、どうか、だな。それが一番の難関よ。その間に、おまえはニノフの秘密を調べるのだ。おお、それに、ケロニウスの潜伏先もな」
「御意!」
その頃、ニノフの方は、蛮族の首長の秘密を探ろうと、何度か『暁の軍団』の砦に斥候を送っていたが、悉く到達前に斃され、焦りを感じていた。
そのような中、『暁の軍団』と敵対する『荒野の兄弟』から、協力したいとの申し入れがあり、使者が訪ねて来るという知らせがあった。
その使者を、ニノフの稽古場に案内して来たのは、副官のボローであった。
「ニノフ、いるか?」
ちょうど体練を終え、汗を拭っていたニノフは、「ちょっと待ってくれ!」と声を掛けた。
急いで、最近膨みが目立ち始めた胸に晒しを巻く。
その上から胴着を纏うと、「いいぞ、入ってくれ!」と告げた。
扉を開け、入って来た使者を見て、ニノフは思わず叫んでいた。
「タロスどの!」