93 ツイムの怒り
(作者註)
今日は、ツイムさん目線です。
ツイムは激怒した。
如何にガルマニア帝国が野蛮な国とは云え、あまりに非道が過ぎると思った。
抑々最初から横車であった。
善意の第三国に亡命したウルス王子の身柄を要求するなどとは、ガルマニア帝国にいったい何の権利があるというのか。
しかも、言い掛かりをつけられたカリオテ側は明確な拒否をせず、只管返事を引き延ばしたのみである。
ウルス王子が直接スーラ大公と話したいと言い出した時は、カリオテ人として恥ずかしかった。
大公宮に付いて行くと、控えの間で散々待たされた挙句、向こうの言いなりにウルス王子を渡すという。
「どういうことですか! 王子を人身御供になさるのですか!」
知らせに来た役人に食って掛かったが、そこへ戻って来たウルスから「ぼくが決めたことだから」と、逆に宥められた。
「ツイムさん、これでいいんだ。カリオテにこれ以上迷惑を掛けられないよ。それに、寧ろぼくの方からガルマニア帝国を利用しようと思っているんだ」
そう言って気弱そうな微笑みを浮かべるウルスに、ツイムは自分を抑えらず、激高した。
「何を馬鹿なことを仰っているのですか! あのガルマニアが、そんなに甘いものですか! あなたのような世間知らずの坊ちゃんが……」
そこまで言って、蒼褪めた顔になり、「し、失礼なことを申しました。お許しください」と謝った。
ウルスは笑いながら首を振った。
「いいんだ、その通りだから。ツイムさん、長い旅に付き合ってくれて、ありがとう。ご家族と幸せにね。それじゃ」
愕然としていたツイムは、そのまま出て行こうとするウルスを追いかけた。
「どうなさるおつもりですか!」
ウルスは振り返り、初めて悲しそうな顔を見せた。
「荷物をまとめないと。明日には行くから」
ツイムの脳裏に一緒に旅をした想い出の情景が浮かび、目から涙が溢れた。
「行かせません! わたしの命に代えても、お護りいたしますから!」
ウルスの目も潤んだが、グッと堪えて、笑顔を見せた。
「ありがとう。でも、いけないよ。折角母国に戻ったんだから、無茶はしないで。ファイムさんから聞いたけど、マリシ将軍もツイムさんをそのままカリオテ海軍に入れるようにと頼んでいたそうだから。これからは、ぼくのことなんか忘れて、母国に尽くしてね」
ツイムは涙を拭って、片膝を床につき、騎士の礼をした。
「ならば、正式にわたしを家臣にしてください。このままお一人で行かせる訳には参りません。どこまでも付いて行きます」
ウルスは半泣きのような顔になったが、幾分かはホッとしたような様子になった。
「ごめんね、ありがとう。本当はとても不安なんだ。またツイムさんが一緒なら、こんなに嬉しいことはないよ。でも、約束して。ぼくの落ち着き先が決まったら、必ずカリオテに戻るって」
「いえ、それはなりませぬ。臣下の誓いをする以上、この生命が果てるまでお供いたします!」
ウルスは困ったように左右を見た。
役人たちは遠慮して少し離れている。
目立たないよう、ごく僅かに顔を上下させた。
それだけで目の色が薄いブルーに変わっていた。
「ツイムさん、わたしに考えがあるの。そんなに思い詰めないで。それから、当分の間、わたしは表面に出ないようにするから、ウルスのことをお願いね。大丈夫よ、なんとかなるわ。わたしを信じて」
「はっ!」
手を胸に当てて畏まったツイムが、再び顔を上げた時には、すでに瞳の色がコバルトブルーのウルスに戻っていた。
ツイムが家に帰り、事情を説明すると、兄のファイムは反対しなかった。
「おまえと共に海賊退治をする夢は諦めないが、今は何よりもウルスさまの身の安全を護るのがおまえの役目だ。しっかり頼むぞ!」
横にいた姪のリサも、泣きそうな顔で「お願いします」と頭を下げた。
どうやら、密かにウルスに好意を寄せていたようだ。
「おお、任せてくれ!」
そう言って、少しお道化るように笑って見せた。
そして、翌日。
ツイムが、気丈に振る舞うウルスに付添い、ガルマニア帝国の軍用船に乗り込んで、船長だという胡散臭いマオール人に挨拶をしていた時、それは起きた。
いきなり物陰から現れた年老いた魔道師が、右手を突き出したのだ。
「失礼ながら、試させていただく!」
魔道師の掌から見えない力が迸り、ウルスの身体に当たった。
ウルスの身体は吹き飛び、そのまま海に落ちるかと見えたが、別の若い魔道師が反対側から見えない力で押し戻した。
すでに走り出していたツイムは、何とか落下点に待ち構え、ウルスの身体を受け留めた。
その姿勢のまま振り返り、老いた魔道師を睨みつけたツイムは、激怒したのである。
「こ、この、無礼者め!」