7 闖入者
そのまま単騎で城に突っ込む勢いのアーロンの前に、「お待ちくだされーっ!」と叫びながら、別の騎士が馬を回り込ませた。かなり年配の男のようだ。顎を覆う髭が真っ白である。
「おお、シメンではないか! 傅役のおまえが何故ここにおる! わたしが留守をした三日の間に、何があったというのだ!」
「はっ! 何の前触れもなく、ガルマニア帝国軍が攻めて参ったのです! 僅かな留守居の者しかおらぬ時を狙われました。敵は千人隊、必死の抵抗も虚しく、僅か一日で落城いたしました。申し訳もござりませぬ。それがしは、城主ソロンさまのご命令にて、奥方さまや姫さまらを落ち延びさせて参りました。アーロンさまに、城主さまからのご伝言がございます!」
「何じゃ!」
「お言葉のまま、申し上げます。アーロンが留守であったは、天の配剤。生きて再起を図れ、とのことでございます!」
「しかし、父上は」
「お覚悟の上でござりまする。最後まで、北方警備に当たっているマリシ将軍を呼ぶことはお許しになられませんでした。辺境伯の第一の役目は北方の警備、そして、第二以下はない、とのご信念を貫かれたのです!」
「そうで、あったか……」
激情が鎮まり、アーロンは項垂れた。
シメンは、ようやく暴発を止められたとみて、ホッとしたように表情を緩めた。
「いずれにせよ、この場は危険でございます。安全な場所へご案内いたしましょう。それに、申し上げにくいのですが、戦場に稚児をお連れするのはいかがなものかと」
「ば、馬鹿を申せ。こちらは」
アーロンはそこまで言いかけたところで、ウルスが微かに首を振っているのに気づいた。
傅役であるというシメンという男はともかく、どこで誰が聞き耳を立てているかもわからないこの状況で、身分を明かさないでくれ、ということのようだ。
「う、うむ、そうじゃな。できれば、この稚児を母上たちと同じ場所で匿ってくれぬか?」
シメンは露骨に嫌そうな顔をした。
「それは奥方さまが望まれますまい。致し方ありませぬ、それがしがお預かりいたします。ささ、疾く参りましょう」
先に駆け出したシメンの馬の後を、アーロンの馬が追う。その馬上で、アーロンはウルスに詫びた。
「申し訳ございません。シメンは堅物でございます故」
「いいんだ、ぼくは平気さ。それより、ソロンのことは本当にお気の毒だった。こういう境遇でなければ、ぼくらこそ報復の軍を送るべきなのに、何もできないのが口惜しいよ」
「有難きお言葉、痛み入ります」
アーロンは馬上で瞑目した。
ウルスは、フーッと息を吐き、後ろを振り返った。
「そうだ、何かゾイアに連絡する方法はないかな? 多分、そろそろお城に向かっている頃だと思うんだ。このままだと、大変なことにならないか心配で」
アーロンはようやく怒りや哀しみではない表情になり、「心配めさるな」と力強くウルスを慰めた。
「少なくとも、あの男ならこれぐらいの危機は何ともござらんよ。むしろ、敵にとって脅威となりましょう」
アーロンたちが去った後、クルム城を占領したガルマニア帝国軍に、ちょっとした騒ぎが持ち上がっていた。
元は城主ソロンの居間であった部屋を、わがもの顔で使用している、軍人としては珍しくデップリと太った男の許に、一人の兵士が駆け込んで来た。
「サモス千人長! ご報告がございます!」
サモスと呼ばれた男は不機嫌そのものの顔で「何事だ?」と訊いた。
「はっ、不審な者を拘束いたしました!」
「またコソ泥か?」
「いえ、それが、ごつい体格の男で、知り合いの子供がここにいるはずだから、会わせろと申しております」
サモスの顔に緊張が走った。
「まさか、北方警備軍の者ではあるまいな?」
「いえ、本人は民間人と申しております。ところが、立派な剣を所持しておりまして。それがどうもアーロンのものではないかと、捕虜の一人が密告いたしました」
「うーむ、怪しいな。後できっちり取り調べるから、一先ず牢に放り込んでおけ。間もなく、あのうるさい軍師さまが来られるのだ。例の宝剣が本物かどうか調べにな。わしは、お出迎えの準備で忙しいのだ」
「はっ!」
最初の兵士が下がろうとしたところに、別の兵士が慌てて飛び込んで来た。
「千人長に申し上げます! 捕らえた不審者に剣を寄こすよう申したところ、預かりもの故、渡せぬと抵抗いたしました。取り押さえようとしましたが、とんでもない怪力で、城門警護当番の十人が総がかりでも無理でございます。増援をお願いします!」
「そんな、馬鹿な話があるか! ええい、では予備の十人も投入しろ!」
だが、大勢の怒鳴り声と共に、部屋の扉がバーンと開かれた。そこには、取り押さえようとする数人の兵士を体にブラ下げたゾイアが立っていた。まだ獣人化してはいないが、その目は緑色に光っている。
「な、何じゃおまえは! 無礼であろう!」
サモスの責める声など耳に入らぬようで、ゾイアの方から詰問するように叫んだ。
「子供をどうした! ここにいるはずだ!」
その時、扉の向こう側から、「これは何の騒ぎじゃ?」という老人の声がした。




