表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
898/1520

862 南海の秘密(8)

「うぎゃあっ!」

 衝撃を予想して、先に叫び声を上げたジェルマ少年は、実際には何ともないことに気づいた。

「あれ?」

 見ると、稲妻いなずまを飛ばしている金属の腕とジェルマのあいだに、巨大化したてのひらがある。

 その掌は勿論もちろんゾイアのものだが、本体はうつぶせに倒れたままで、残っている方の腕だけが伸びて来ていた。

 と、またゾイアののどあたりから抑揚よくようのない声がした。

「……人間に危害がおよぶのを、看過かんかすることはできない……」

 相手は稲妻をめ、口に当たる小さな鉄格子てつごうしから、きわめて人間的な言葉をはっした。

「ふん。随分ずいぶん古臭ふるくさいプログラムだな。まあ、これは電撃銃スタンガンで実害はたいしてないが、それならめておこう。そのわり、おまえの修理メンテナンスの手助けはしない。嵐が過ぎたら、この子供と一緒に海上に戻すぞ」

「……了解した……」

「まあ、気圧は上がって来ているから、そんなに時間はかかるまい。夜明け前には、海面に再浮上さいふじょうする。じゃあな」

 そのまま出て行こうとする相手を、ジェルマが呼び止めた。

「ちょっと待てよ! あんた何者なにもんだ? ってか、人間なのか?」

 相手の透明な頭巾ずきんのような頭部からけて見えている金属の歯車が忙しく動き、色とりどりの硝子ガラスだまがチカチカとまたたくように点滅てんめつした。

「この見かけで人間のはずがなかろう。が、まあ、以前はそうであった。遠い記憶だが……。ふむ。おかしな話だが、おまえの顔に見覚みおぼえがあるような気がする。おまえの名は?」

「へっ。こんな機械からくり人形にんぎょうに知り合いはねえけど、かくすことはねえから、教えてやらあ。おいらはジェルマさ。まあ、正式には、サンジェルマヌスっていかつい名前だけどな」

 最初の時以上に激しく歯車が動き、硝子玉が明滅めいめつした。

「いや、そんなはずは、ああ、まさか。いくら何でも、年数が合わぬ」

 明らかに動揺どうようしている相手に、ジェルマは、さぐるように聞いた。

「もしかして、あんたが知ってるのはご先祖さまのほうじゃねえか? まあ、ご先祖さま、つーても、死んだのはつい最近らしいけどさ」

 歯車がまり、硝子玉が暗くなった。

「……そうか。死んだか。いや、寿命がきたのだな。長命メトス族とて、無限には生きられぬ。こういう形でなければな」

「え? あんたもメトス族なのか?」

「ああ。生きていた頃はな」

「生きていた頃は、って、じゃあ、今は幽霊ゆうれいかい? うーん、こんなゴテゴテした幽霊ってのは、あんまりピンと来ねえけど」

 驚いたことに、相手は笑うような声を出した。

「確かにな。わしは、まさ機械マシンの中の幽霊ゴーストだろうな」

 ジェルマは軽く舌打ちした。

「さっきから、意味がわかんねえ言葉ばっかりだぜ」

「おお、そうだろうとも。わしとてすべてがわかっておるわけではないさ。大半たいはん記憶装置メモリーからの受け売りだ。さて、それはともかくとして、おまえの名前を聞いて少し気持ちが変わった。不具合ふぐあいを起こしている人工実存アーティフィシャルエグジスタンスの自己修復が完了するまで、ここに置いてやろう」

「うーん、それはつまり、ゾイアのおっさんがなおるまでていい、ってことか?」

ひらたく言えば、そうだな」

 ジェルマは口をとがらせた。

「じゃあ、平たく言えよ。で、あんたを何て呼んだらいい?」

「ふむ。ならば、ゴースト、でよかろう」

「変なの。ま、いいや。それより、しばらく置いてくれるんだったら、頼んでいいか、ゴースト?」

「おお、いいぞ」

「おいら、朝飯あさめしったっきり、何も口にしてねえんだ。喉もカラカラだし、はらってる。飲み物や食い物はねえのか?」

 ゴーストは、また笑った。

「やはりているな。ああ、いや、こっちのことだ。では、取りえず居住区の方へ案内しよう。食品複製機レプリケーター上手うま作動さどうしてくれれば良いのだが」

 振り向いて行こうとするゴーストに、ジェルマは「おっさんは置いてくのか?」と聞いたが、それにはゾイアが例の変な声で返事をした。

「……心配ない……自己修復38.04パーセント……」

 一瞬立ち止まったゴーストも、「あとはもう、プログラムにまかせるしかないさ」と告げた。

「それに、あし人魚マーマンの状態では、移動に困る。せめて直立二足歩行ちょくりつにそくほこうができるまでは、ほうっておけ」

「ちぇっ、わかんない言葉使うんじゃねえよ。あ、ちょっと待てよ!」

 ゴーストを追って巨大円筒の外に出たジェルマは、「うっ!」と声を上げてしまった。

 そこは、立方体のような形の小さな部屋だったのだ。

 しかも、二人が入って来たところは、スーッととびらまってしまったのである。

 ジェルマは、いかりと不安が入りじったような声で怒鳴どなった。

「おいっ、ゴースト野郎やろう! おいらをだましたな!」

 振り返ったゴーストは、笑いを含んだ声で答えた。

「違う、違う。これは昇降機リフトだよ」

「だから、わかんない言葉を、わっ、落ちる!」

「大丈夫だ。この箱ごと海底をりているのだ。居住区は、地下につくってあるからな」

 ジェルマはほほふくらませた。

「もう、おいら、何かあっても驚かねえぞ」

 しかし、下へ到着して扉がひらくと、ジェルマは大声で叫んでしまった。

「な、なんじゃ、こりゃあ!」

 そこには、綺麗きれい縦横たてよこととのえられた市街地しがいちがあった。

 しかも、その上には青い空とかがやく太陽があり、市街地の先にはこんもりとしげった森が見え、そのはるか向こうには、峨々ががたる山並やまなみすら見えている。

 ゴーストは、気取きどった声でこう告げた。

「ようこそ、わがダフィニア島へ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ