849 ガルマニア帝国の興亡(91)
ガルマニア帝国の政変は、当然バロードにも伝わって来た。
「不謹慎ではありますが、これはわが国にとっては幸いです。ゲーリッヒは、バロードとの戦いを望んでおりましたからね」
双王宮の一室で、ウルスラ王女にそう説明しているのは、統領クジュケである。
ウルスラは、その限りなく灰色に近い薄いブルーの目を伏せた。
「でも、ガルマニアの国民が可哀想だわ」
クジュケはサラサラの銀髪を揺らして首を振った。
「そうとは限りません。あのままゲーリッヒが帝位にあったなら、間違いなくマオール帝国から大規模な援軍を呼び込んだでしょう。そうなれば、国そのものを奪われてしまいます」
ウルスラは自分の肩を抱いて、少し震えた。
「そうね。他民族による支配は、二度と起きて欲しくない悲劇だわ。でも、これから、ガルマニアはどうなるのかしら?」
「本来ならわたくしが詳しく分析したいところですが、色々多忙なので、秘書官にやらせております」
「え? シャンロウ?」
クジュケは苦笑した。
「それは無理です。もう一人の方ですよ」
「ああ、ラミアンね」
ラミアンは、先王カルスを身を挺して護ったラクトス秘書官の遺児である。
現在は、シャンロウと共に、クジュケの秘書官を務めている。
「ここへ呼んでおりますので、間もなく参るでしょう。では、わたくしはこれで」
「あら、もう行くの?」
「はい。ニノフさまの方の準備もございますので、暁の女神へ行って来ます。やはり、同時にご即位いただくのが、対外的にも大きな国威発揚となりますし、名実共に連合王国として、国民の一体感も得られますからね」
「それがいいわ! お庶兄さまにも、よろしく伝えてね」
「わかりました。おお、ラミアンが参りました」
おどおどした様子で入って来たのは、金髪碧眼の痩せた若い男である。
「本当にわたしなどが、殿下に直接申し上げて宜しいのでしょうか?」
ラミアンが尋ねたのはクジュケの方だが、返事はウルスラがした。
「勿論よ! さあ、そこにお座りなさいな」
クジュケは、ラミアンの背中を押して自分が座っていた椅子に掛けさせると、「頼みましたよ」と告げて出て行った。
ラミアンは、ウルスラの視線が眩しいかのようにもじもじしていたが、「さあ、いつでもどうぞ」と促され、漸く顔を上げて話し始めた。
あ、はい。
ええと、では、順を追って、ガルマニア帝国の情勢分析をさせていただきます。
先般、ゲルカッツェさまたちが亡命を希望して来られた際にも申し上げましたが、ゲーリッヒさまでは国内が安定しないであろうとは見ておりました。
が、わたしの想像以上に展開が早く、ゲーリッヒさまの在位は一月にも満たない短さでした。
で、その代わりに帝都ゲオグストを押さえたのがリンドル将軍ですが、これは地理的に最も領地が近かったからに過ぎず、かれに皇帝としての力量はない、と思います。
寧ろ、同盟関係にあるハリス将軍が曲者で、方面将軍随一といわれる智謀と、出身部族であるガーコ族の隠密活動は油断がなりません。
但し、皇帝直属軍は一万しか残らなかったため、両将軍の兵と併せても四万の勢力です。
この兵力でガルマニア帝国の東半分を維持するのはかなり無理があるため、盛んに増員を図っているようです。
一方、直属軍一万を連れてマオール軍と戦い、更に直属軍一万が加わったツァラト将軍は、ザネンコフ将軍と共に帝国の西北の一角に陣取っています。
こちらも総勢三万五千程度ですが、ゲルヌ皇子と密接な関係を保っており、それ以外にも謎の協力者がいるようです。
また、ここは地理的に恵まれており、攻め難いことは、マオール軍の例を見ても明らかです。
帝国の西南部分を占領しているのがマインドルフ将軍です。
尤も、かれは既に皇帝を僭称しており、領域をアーズラム帝国と名付けたようですので、ここではその呼称で言うことにします。
アーズラム帝国は現在十万の兵力を持つ、最大勢力となっています。
内訳は、マインドルフ軍三万、旧ヒューイ軍一万五千、旧コパ軍の残党二万五千、更に旧ポーマ軍を吸収したジョレ軍三万です。
但し、現在、マオール軍の捕虜二万を抱えており、不安要素になっています。
が、これを味方にできれば、大きな戦力になるでしょう。
さて、この三極構造は極めて不安定です。
特に野心に燃えるマインドルフがジッとしているはずがありません。
いずれ三つ巴の戦いとなるでしょう。
最終的にどの勢力が勝つのか、今の段階ではわたしにもわかりません。
わかっているのは、その戦いの最中に、必ずマオール帝国が干渉してくるだろう、ということです。
これを防がない限り、ゲーリッヒを追い出した意味がありません。
最初のおどおどした喋り方が嘘のように、次第に滔々と流れるように話していたラミアンがそこまで話した時、部屋の外からパチパチと拍手をしながら誰かが入って来た。
「われもそう思うぞ」
それは、久しぶりに参謀総長の制服を身に纏ったゾイアであった。
驚いて口を半開きにして固まっているラミアンの代わりに、ウルスラが微笑みながら謝った。
「ごめんなさいね、ゾイア。本当ならあなたに聞くべき話だけど、タロスたちとの打ち合わせで忙しそうだったから」
ゾイアも笑顔で首を振った。
「おお、それはよいのだ。忙しいのは、就任早々に国を開け、ずっと留守にしていたわれの責任だからな。が、今の話を聞いていて、もう一仕事するために、また国を出ようと思う。よいか、ウルスラ?」
ウルスラも声を上げて笑い出した。
「わたしが駄目と言っても、行く気でしょう?」
「すまぬ。そのとおりだ。これも、将来的にはバロードのためになると思うぞ」
「わかったわ。それで、どこへ行くの?」
「沿海諸国だ。特に盟主たるカリオテだな」
「まあ、懐かしい。スーラ大公のところね。でも、カリオテに行って、何をするの?」
ゾイアは、ニヤリと笑った。
「われは、海賊の王になる」