83 リード湊の攻防(5)
スカンポ河に向かって進軍しながらも、『暁の軍団』団長のバポロは急ぐつもりはなかった。
うかうかと得体の知れない蛮族の帝王とやらの誘いに乗ってしまったものの、少しでも形勢が不利と見れば、知らぬ顔で逃げようと思っている。
下手に加勢してバロード共和国まで敵に回せば、徒でさえ減ってしまった縄張りすら、維持できなくなってしまう。
「そんな危険を冒す、恩も義理もないからな」
「は? 何かおっしゃいましたか?」
部下に聞き返されて、バポロは始めて自分が独り言をいったことに気づいた。
「ああ、いや、何でもない。ふむ、そろそろ河が見えて来る頃合いかのう」
「もう少しでございますね。何でしたら、少し進軍の速度を上げますか?」
「いや、このままでいい。それより、斥候はまだ戻らんのか?」
「はっ。もうじきかと。おや、あれは何でしょう?」
部下が示したのは上の方であった。
ヒラヒラと白いものが飛んで来る。
蛮族の帝王の使いと名乗った白いコウモリである。
バポロは渋い顔をした。
「催促に来おったか」
「は?」
「よい。余が話す。暫し行軍を止めよ」
部下は首を傾げながらも、「御意!」と応えて、全軍に停止を命じに行った。
その間に白いノスフェルは、バポロの馬の頭に留まった。
不思議なことに一向に馬が嫌がらない。
「状況が変わった」
当然、早く来いと言われるだろうと身構えていたバポロは、不審な顔で聞き返した。
「状況?」
「北方警備軍の援軍が河から上陸して来た。大した数ではないが、バロード機動軍の士気が回復した」
「それで、早く助けに来いというのか」
「違う。逆だ」
「逆?」
「これ以上湊町に留まっても、意味がない。戦力を消耗するだけ無駄だ。予定より早いが、おぬしの城に入り、態勢を整える」
バポロは顔を顰めた。
「随分身勝手な話だな。余の城を何だと思っておる」
「目印」
「はあ?」
「これから蛮族は北方を捨てて中原に移動する。その目印が必要だ」
「意味がわからん」
「わからずともよい。われらは総勢二万。それがおぬしの城に集結するのだ。おぬしは労せずして実質的な領主となる。その後、バロードを攻略する。そして、おぬしは王となる」
バポロはいい気持ちになったが、まだ警戒心は緩めなかった。
「その保証があるのか?」
すると、白いノスフェルは、馬の鬣を伝ってバポロに近づきながら大きくなって、白い服を身に纏った妖艶な美女に変身した。
いきなり目の前に美女が現れて目を白黒させているバポロを抱き寄せるようにして、変身したノスフェルは何事か耳元に囁いた。
聞いたバポロは驚きのあまり、馬から落ちそうなくらい仰け反った。
「ま、真実か、それは!」
「後ほど自分の目で確かめるがよい」
そう言ってノスフェルだった美女は嫣然と笑った。
「わ、わかった。それで、余はどうすればよい?」
「一先ず城に戻って受け入れの準備をして欲しい。われらは機動軍を適当にあしらって、早々に退却する」
「了解した」
「では、頼んだぞ」
美女が再び白いノスフェルの姿に戻り、飛んで行こうとすると、バポロが呼び止めた。
「おお、そうだ。今度から余の前に現れる時は、先程の姿で来てくれ」
ニヤニヤ笑っているバポロに、白いノスフェルは「いいだろう」と答え、ヒラヒラと飛び去った。
結局、バポロは、上陸して来た北方警備軍のことを詳しく聞かなかった。
もし、ゾイアの名を耳にしていれば、違う結果となっていたかもしれない。
その頃、一気に反転攻勢をかけたバロード機動軍に対し、蛮族側はあからさまな足止め戦法を採っていた。
移動式の拒馬で道を塞ぎ、建物と建物の間に縄を張った。
その上で、少人数の塊を幾つも配置し、徹底的に馬の脚を攻撃するのである。
機動軍が馬の上から槍で突くと、サッと逃げ、別の場所でふたたび塊となる。
それだけではない。あちこちの建物から火の手が上がり始めた。
「これはいかん。町そのものを楯として、本隊は逃げる気だぞ。どうする?」
炎に怯える馬を宥めながら、ボローはニノフに指示を仰いだ。
「仕方あるまい。追撃は諦め、消火に当たろう。このままでは、町そのものが焼失してしまう。それにしても、手並みが鮮やか過ぎる」
ニノフは悔しさを滲ませた。
一般に、退却戦は難しいとされている。
下手な逃げ方をすれば、犠牲ばかり増えて、全滅しかねない。
それが、ほぼ無傷で逃げたのだ。
これを追って攻撃するには、こちらも大きな損害を覚悟しなければならない。
援軍が来たといっても、まだ僅かに二百名で、一人を除けば歩兵なのである。
「いったいどんなやつなんだ、あの首長は。だが、次は必ず斃す!」
声を聞いただけの相手に、ニノフは闘志を燃やした。




