821 ガルマニア帝国の興亡(63)
砦に立て籠もるマインドルフと、ジョレ・ポーマの包囲軍との停戦合意は、その日のうちにバタバタと纏まった。
但し、一つだけ難しい問題があり、三者で直接話し合うこととなった。
それは、直属軍に供出されながら、ツァラトと一緒に戻ることも許されず、宙ぶらりんの状態になっているリンドル・ハリス軍、併せて一万の処遇である。
ジョレとポーマは少数の護衛だけ伴って砦に入り、本人たちだけが城主の間で待つマインドルフとドーラの前に通された。
多少気まずい空気の中、マインドルフの方から「久しぶりだな」と苦笑混じりの声を掛けた。
代表するようにジョレが一歩前に進み出て、チリチリの長い金髪の頭を下げた。
「この度は、皇帝の強引な命令により、図らずも干戈を交えることと相成りましたが、固よりわれらの本意ではございません。一刻も早く、和平交渉をいたしたいと願っておりました」
「ほう? そのようには見えなかったな」
脂ぎった顔に皮肉な笑みを浮かべているマインドルフに、気色ばんだポーマが突っかかった。
「仕方ないだろう! こっちは五千ずつ兵を召し上げられ、上にツァラトやザネンコフがいたんだぞ!」
ジョレが顔を顰めて「よせ」と窘めたが、あまり強い口調ではなかった。
同じ気持ちなのであろう。
取り成すようにドーラが、「まあまあ」と口を挟んだ。
「もう済んだことではありませぬか。これからの話をいたしましょうぞ」
ドーラが何者かという知識は、ジョレとポーマも持っていただろうが、当然のような顔でこの話し合いに同席し、恰も二人より上の立場のような物言いに、ポーマなどは目を剥いて睨みつけている。
が、ジョレはフッと微笑んだ。
「改めてご挨拶申し上げたいが、あなたをどうお呼びしたらよろしいかな?」
ドーラも如才なく笑った。
「おお、これは失礼したの、ジョレ将軍。様々な経緯があり、現在はマインドルフさまの参謀のようなことをやらせていただいておるが、まあ、単にドーラとお呼びくださればよい」
「では、ドーラさま。ポーマ共々、これから宜しくお願い致しまする」
自分の名前を出されたポーマはソッポを向いたが、さすがにそれ以上反抗的な態度はとらなかった。
マインドルフは満足そうに、「では、話し合いを始めるとしよう」と宣言した。
司会役を買って出たドーラが冒頭に現状を説明した後、意見を求めた。
最初に発言したのはジョレであった。
「リンドル・ハリス軍は、やはり武装解除して後方に廻しましょう」
これには、同僚のポーマが反対した。
「そんなの駄目だ! コパ軍の二の舞いになるだけだ! 覚悟を決めさせるんだ! おれたちの味方になるか、それが嫌なら自決するかだ!」
ドーラが苦笑して、「それはまた、随分と乱暴な」と言いながら、マインドルフの顔を見た。
「如何されまするかの?」
マインドルフは惚けたような顔で、「是非もない」と笑った。
「リンドル・ハリス軍については、そのまま帰らせよう」
これには、ポーマだけでなく、ジョレも驚いて聞き返した。
「なれど、リンドルとハリスは現在は皇帝派。敵を増やすことになりますが?」
これには、ドーラが答えた。
「いや、必ずしもそうでないことは、おぬしら二人を見ても明らかぞえ。抑々、ツァラトが戻る際に、リンドル・ハリス軍を同行させなかったことに、皇帝ゲーリッヒの苦衷が透けて見えるわい。寧ろ、何の咎めもなく帰らせることによって、リンドルとハリスも考えるであろうな。どちらに付くのが得なのか、とのう。で、ありましょう、マインドルフさま?」
マインドルフはニヤニヤと笑いながら、「まあ、そういうことだ」と頷き、改めてジョレとポーマに命じた。
「リンドル・ハリス軍は速やかに帰還させよ。おお、そうだ。水や食糧を充分に持たせてやれ。足りなければ、砦の備蓄分から出してもよいぞ」
漸くマインドルフの意図を汲み取ったジョレは、感服したように「ははーっ!」と頭を下げ、呆然としているポーマにもそうさせた。
マインドルフは笑顔のまま、「いずれ、リンドルとハリスもこうなろう」と呟いた。
マインドルフのような深慮遠謀ではなくとも、水や食糧の援助が功を奏したところがあった。
自由都市リベラと、そこに滞在しているギルマン難民たちである。
「ついに、帰国第一陣の出発まで漕ぎ着けたな」
ロム長官の執務室で、嬉しそうに語っているのはゾイアであった。
ゾイアの前には、ゲルヌ皇子、その擬体であるゲルニア、ギルマン国王の遺児アンヌ、子供ながら蛮族を取り纏めているローラの四人がいる。
皆一様に顔を輝かせているが、代表してアンヌが奥に座っているロム長官に礼を述べた。
「本当にお世話になりました。全員が帰国するまでは、まだ暫くかかると思いますが、心から感謝しています。ありがとうございました」
ロムは笑って手を振った。
「いやいや。われわれの方こそ、ローラたちに助けられた。今後とも、ギルマンとは仲良くやって行きたいと思っている。で、どのような形の国にするつもりかね?」
アンヌは、チラリとローラと目を合わせて微笑んだ。
「ローラたちの族長国連邦に囲まれた中心部分に、ギルマン自治共和国として建国しようと思っています。将来的には、ローラたちと一緒になって、ギルマン連邦になることを考えています」
「成程、それはいい。いずれ、『自由都市同盟』と正式に同盟が結べるといいな。で、ゲルヌ殿下たちも協力されるのですか?」
ゲルヌは、綺麗に剃り上げていた頭に、少し赤い髪が生えて来ており、本来髪が生えないゲルニアとハッキリ見分けがつくようになっていた。
「そのつもりだ。少なくとも、アンヌたちの国がちゃんと出来上がるまでは、ゲルニアも一緒に協力しようと話し合った」
「おお、それがいいでしょう」
ロムの言葉には、今はガルマニア帝国に戻らない方がいいから、という意味合いが含まれており、その場にいた全員が頷いた。
ロムは、改めてゾイアに向き直った。
「で、ゾイアどのは、バロードに帰国されるのですね?」
何故かゾイアは、ちょっと困ったように笑った。
「そのつもりであったのだが、帰る前に、どうしても会ってみたい男がいるのだ」
「ほう、誰ですか?」
「剣豪将軍と称される、ザネンコフという男だ」