表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
854/1520

820 ガルマニア帝国の興亡(62)

 さらに数日、とりでの包囲戦は膠着こうちゃく状態が続いた。

 散発的さんぱつてき小競こぜり合いはあるものの、マインドルフ軍は大規模だいきぼな反撃はせず、牡蠣オストレアのように固くからざし、付け入るすきを与えない。

 そのかんきゅうコパ軍の投降兵とうこうへいは、一万程度にまで目減めべりしてしまった。

「もう待てぬ。今日、決行しよう」

 軍議に向かう途中、ポーマは目をギョロつかせてジョレに告げた。

 チリチリの長い金髪をらしながら歩いていたジョレは立ちまり、天をあおいで吐息といきした。

「仕方あるまい。このままでは、コパ軍がけてくなってしまう。武器を渡す手筈てはずととのえたが、今の人数では、叛乱はんらんどころか、一気に逃げるだろう。それならそれで、ザネンコフ軍をおびき出すおとりにはなるが。まあ、それでやるか」

「やろう!」

 鼻息を荒くするポーマを、ジョレが苦笑しながらおさえた。

「そんなに興奮するな。ザネンコフにあやしまれるぞ」

 ジョレは口笛をらして部下を呼び、「始めよ」とだけ告げた。

 そのあと、簡単に二人で段取だんどりを話し合ってから、ザネンコフの待つ本営の天幕テントに向かった。



「遅いぞ!」

 二人が天幕に入ったのと同時に、ザネンコフの怒声どせいが飛んで来た。

 ザネンコフは黒い胴着どうぎけ、手には木剣ぼっけんを持っていた。

 見事な銀髪が汗にれてひたい首筋くびすじに張り付いており、息も上がっているから、剣術の稽古けいこをしていたのであろう。

 ムッとした顔のポーマが言い返す前に、ジョレが如才じょさいなくびた。

「申し訳ござらん、総大将そうだいしょうどの。兵がたるんでおらぬか、見廻みまわっておりました」

 ザネンコフは鼻で笑った。

「確かに弛んでおるな。少しはわしの軍を見習みならえ」

 ジョレは、「そういたします」と微笑ほほえみながら、顔色を変えて飛び出そうとするポーマのそでを引っ張った。

 ザネンコフは木剣を近くの剣掛けに置くと、手ぬぐいで汗をきとり、床几しょうぎに座った。

 その前には折りたたみ式の小さなテーブルが置かれ、地図のようなものが広げてある。

 三人がきるほど見た、砦付近ふきんの図面である。

 砦へ登って行く道は細く、しかもジグザグに折れ曲がっている。

 それをにらみながら、ザネンコフは強い口調で告げた。

「これ以上長引かせることはできん。今日、総攻撃をかけよう」

 ついに我慢しきれず、ポーマが声を上げた。

馬鹿ばかなことを言うな! この状況で、総攻撃など、できるか!」

 ザネンコフは、するどい目でポーマを見返した。

「この状況だからこそだ。待っていても今より良くなることはない。士気しきが下がるばかりだ」

 すように、ジョレがおだやかな声で反論した。

「しかし、ツァラト将軍は、あせるなと言い残されたが」

 ザネンコフはにがい顔でき捨てるように告げた。

「ツァラト閣下かっかは、再び蟄居ちっきょ謹慎きんしんめいじられたそうだ。やはり、野人皇帝はくるっておる!」

 ジョレとポーマは顔を見合わせた。

 忠実なツァラトさえそのザマでは、自分たちに未来はない、と覚悟を決めたようだ。

 と、二人の覚悟が伝わったかのように、伝令がけ込んで来た。

「申し上げます! コパ軍の投降兵約一万が、一斉いっせいに逃亡を始めました! 何故なぜか皆武器を持っており、身柄みがら拘束こうそくしようと追っているわが軍にも、多数の犠牲者が出ております!」

 ザネンコフは顔を真っ赤にして立ち上がり、その伝令をしかりつけた。

馬鹿者ばかもの! コパ軍の残党ざんとうなど、ほうっておけばよいのだ! それ以上追うなと伝えよ! ううぬ、わしが行ってめる! おまえも、早く行け!」

「はっ!」

 伝令が出て行った直後、ザネンコフの身体からだがスッと横に動いた。

 その残像すら見えそうな空中で、二本の長剣ロングソードがぶつかり合い、耳障みみざわりな金属音を立てて火花を散らした。

「あっ!」

「ううっ!」

 ジョレとポーマが何が起きたのか把握はあくする前に、いつの間にか木剣を手にしていたザネンコフが、二人の剣を握った手をしたたかに打ち付けていた。

「ぐあっ!」

「げっ!」

 あまりの痛みに剣を取り落とした二人に木剣を突き付けながら、ザネンコフは嘲笑あざわらった。

「この二三日、軍議に必ず剣を持参して来るし、かくしようのない殺気をただよわせておるから、いつって来るかと待ち構えておった。が、なかなか決断できぬようだから、今日はわざと木剣しか持っていないことを見せつけたのだ。おまえらごときの腕前でわしを斬ろうなどとは、笑止しょうし千万せんばん。足腰立たぬくらいに打ちえてやりたいところだが」

 そこで、ザネンコフはフッと嘆息たんそくした。

「わしも、やる気がせた。これ以上、邪知暴虐じゃちぼうぎゃくな野人皇帝にくすつもりはない。おまえらがマインドルフとりを戻したいのなら、勝手にするがいい。わしはもうかかわらぬ。今すぐ軍を退いて北へ帰る。さらばだ」

 唖然あぜんとする二人の前で木剣を捨てると、ザネンコフは天幕を出て行った。

 そして、そのまま二度と戻って来なかったのである。



 包囲軍の異変は、すぐにマインドルフに知らされた。

「ほう。ついに内紛ないふんでザネンコフが去ったか。で、残ったジョレとポーマはどうした?」

 伝令役の兵士は、片膝かたひざいたまま、顔だけ上げて答えた。

「はっ。一旦いったん逃亡したコパ軍の投降兵の一部を呼び戻したようですが、それも五千名程度にて、とても当方と戦える状態ではなく、休戦を申し入れて来るのは時間の問題かと」

 マインドルフはあぶらぎった顔で北叟笑ほくそえんだ。

「そう簡単には休戦におうじぬぞ。おれに逆らったことを、後悔させてやらねばな」

 マインドルフの横に浮かんでいたドーラが、「これこれ」と笑いを含んだ声でたしなめた。

「もう充分後悔はしておろう。それより、ここは寛大かんだいなところを見せて、一気に仲間に取り込んだ方がおとくぞえ」

 マインドルフも笑いながら、「わかっておるさ。冗談だ」とこたえると、兵士に向きなおった。

「休戦の申し出を待つ必要はない。こちらから言ってやれ。今日をもっ停戦ていせんし、改めて友誼ゆうぎを結びたい、とな」

「ははっ!」

 兵士が去って行くのを目を細めて見送りながら、ドーラはマインドルフにささやいた。

愈々いよいよご即位なさいますかな、陛下へいか?」

 マインドルフも、満足そうに微笑んだ。

「ああ。いいしおかもしれん」

「して、国名は?」

「そうさな。おれが生まれた町の名にちなんで、アーズラム帝国はどうだ?」

「おお、良い名じゃ!」

「だろう? よし、決めた。おれは、アーズラム帝国の初代皇帝マインドルフだ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ