803 ガルマニア帝国の興亡(45)
ガルマニア帝国の将軍たちは、全て先帝ゲールが抜擢した者である。
勿論、コパやヒューイのように、旧勢力との妥協の産物として起用した者もいるが、それ以外は能力のみで判断した。
前歴は問われず、ゴンザレスのように山賊の首領だった男もいる。
その中にあっても、マインドルフは変わった経歴の持ち主であった。
マインドルフは旅商人の子であった。
豊かな中原東北部から馬車で出発し、緩衝地帯を通って自由都市などに品物を売り捌く商人たちで、当然、野盗などに狙われるため、自警団という一面もある。
若い頃のマインドルフは腕っぷしが強い上に頭が切れ、みるみる頭角を現して、隊商を組織した。
その商売の仕方は強引で、犯罪スレスレであり、商人間の評判は良くなかったが、金さえ積めばどんな品物でも手に入ると噂になり、当時最大の隊商となった。
が、野心家のマインドルフはそれぐらいでは満足しなかった。
当時取引のあった東北部の小国の王と親しくなり、商人の身でありながら国政にも関与するようになったが、遂には王を騙し討ちにして、国ごと乗っ取ってしまったのである。
マインドルフは王を自称したが、蔭では僭主と呼ばれるようになった。
僭主マインドルフは、国内の不満分子を粛清すると、時を置かずに隣国に攻め込み、忽ちこれを併呑した。
そのやり口の非道さ、狡猾さに、近隣の小国は震え上がったという。
そのままであれば、中原東北部全域がマインドルフの支配下になることも、あるいは有り得たかもしれない。
ところが突如、ガルム大森林の狩猟民であったガルム族が中原東北部に侵攻し、嵐のように周辺国を征服し始めた。
当時二か国を占有していたマインドルフは、勝ち目のない戦いはせず、単身でゲールと交渉し、ガルマニア帝国の支配下に入る代わりに領地の保有を認めさせようとした。
が、ゲールの返事は、否であった。
「死人に領土は不要!」
そう告げて大剣を投じようとしたゲールに、マインドルフは必死で自分を売り込んだ。
「言葉も不要!」
直後、大剣が飛んで来たが、身を縮めたマインドルフの横の床に突き刺さった。
「余の家来として生きよ!」
「御意!」
ゲールも当然マインドルフの手腕は知っていたのだろう、いきなり将軍に任じ、大軍を預けた。
以来、マインドルフは忠実な臣下を演じて来たが、前歴が前歴なだけに、方面軍の将軍以上に引き立てられることはないと諦めていたところに、驚くべき事件があった。
ギルマンを国ごとゲールに献上したザギムが、宰相に就任したのである。
自分との扱いの差に激怒し、マインドルフの心に、初めて謀叛という言葉が浮かんだ。
ところが、そのザギムが謀叛の疑いで斬殺されると、次は自分の番かもしれないと、戦々恐々とした。
それから程もなく、ブロシウスの謀叛が成功したのは、マインドルフに限らず、誰もが信じられない奇蹟としか思えなかったろう。
同時に、愈々自分の時代が来たかもしれない、とマインドルフは思った。
その後、新皇帝となったゲルカッツェは暗愚であり、その黒幕となったチャドスは本国を固めるのが精一杯で、各方面軍は野放しの状態となった。
マインドルフは早速、旧領土を取り戻し、元の僭主に返り咲いた。
しかし、悪夢は再び襲って来た。
ゲーリッヒが帝国を奪還し、強権を振るうようになったのだ。
マインドルフは生き残りを懸け、寧ろ積極的に膝を屈して媚びた。
そして、今。
眠られぬまま、自分の半生を振り返っていたマインドルフは、いつの間にか夜が明けたことに気づいた。
「もう朝か……」
ゴソゴソと自分の天幕から出たところへ、騎乗したヒューイが駆け寄って来た。
「申し訳ないが、先に出立仕る! ご武運を!」
それだけ告げると、反転して駆け去った。
「ふん。張り切っておるわ。まあ、早く自分の城を取り戻したいだろうからな」
朝餉を用意させる間に、マインドルフは一旦天幕に戻って地図を確認した。
「ふむ。本来なら、今日の昼にはヒューイの城に到着の予定であったが、ここからゴンザレスの砦までなら夕方、ザネンコフのところへは二日ぐらいか。遠いな。ゲオグストに戻った方が早いくらいだ」
言ってしまってからハッとして、慌てて周囲を見回す。
「いかんいかん。変なことを考えるな。ブロシウスが成功したのは、東方魔道師たちが情報を遮断したからだ。おれが引き返したりしたら、すぐに気づかれてしまう。さあ、そんなことは忘れて、飯でも食おう」
マインドルフは地図を畳み、天幕を出た。
しかし、自分の方が既に情報を遮断されており、追討の軍勢が迫って来ていることを、マインドルフはまだ知らなかった。
一方、迎え撃つ側のコパ軍は、漸く魔女ドーラも復活し、早朝から本営の天幕で策戦会議をしていた。
「敵は六万で、こちらは五万。しかも、肝心の城は落ちておらず、城兵一万五千は健在。どう考えても不利ぞえ。援軍はどうなっておる?」
地図を睨みながらドーラが評すると、チャドスが嫌な顔をした。
「おまえがおらん間、やるだけのことはやったのだ。ゴンザレスとザネンコフには、わしが自ら念押しに行ったのだぞ」
「に、しては音沙汰が無さ過ぎじゃの。チャロア、おまえ、昨夜ゴンザレスのところへ飛んだであろう? どんな反応じゃった?」
聞かれたチャロアはギョッとした顔になった。
コパの横柄な態度に怒ったチャドスから命じられ、いっそゴンザレスを皇帝に担いでもよいと言いに行ったのである。
「あ、まあ、行ったのは行ったのですが、少し様子が変で」
チャドスたちはまだ知らないが、その前にヌルチェンの訪問を受けていたゴンザレスはすっかり心変わりしており、チャロアを適当にあしらって帰したのである。
その点はチャドスも気になっており、やはり自分が行った方が良かったのかと、悶々としていた。
が、会議は突然、打ち切られた。
コパが立ち上がって叫んだのである。
「他人を当てにするな! すぐに城を落とし、籠城せよ! 五万で籠城すれば、絶対に負けぬ!」




