784 ガルマニア帝国の興亡(26)
タンファンが見つかったと聞き、ドーラはチャロアに馬乗りになって、襟首を掴んだ。
「何っ! どこにおる!」
「プシュケー教団の、聖地シンガリアだ!」
ドーラは掴んでいた手を緩め、「ほう」と感心するような声を上げた。
「それは盲点であったな。どこに転送されたにせよ、あの女狐が生きておれば、騒ぎになるはずと思うておった。プシュケー教団であればこそ、秘密が守られたのであろうのう」
馬乗りされているチャロアが、手足をバタつかせた。
「わ、わかったのなら、そこをどけっ! 重たい!」
「ふん! 女子に重たいは失礼ぞえ! まあ、どいてはやるがの」
チャロアが起き上がったところで、上司であるチャドスが「報告せよ!」と命じた。
「はっ」
チャロアは居住まいを正して話した。
例のタンチェンの正体を知るためにも、タンファンを捕らえることが急務と思い、別途部下たちに調べさせておったのです。
そこへ、バロードから逃げ帰った竜騎兵の生き残りがいたとの連絡があり、直々に取り調べましたところ、プシュケー教団の支配地を通った際に、それらしい女を見た、との自白を得ました。
急遽部下数名を連れて現地へ飛び、本人を発見したのですが、どうも様子が変なのです。
なんと、花畑で花を摘みながら、ヘラヘラと笑っておりました。
別人かとも思いましたが、あの顔は見間違えようもありませんから、直接声を掛けたのです。
結果は、ああ、申し訳ございません、同行した部下全員を失う仕儀となりました。
逆に、そのことで、あの女がタンファンであることは確信しました。
この足で再度部下を集め、今度こそ捕まえまする!
「ならぬ!」
そう告げたのはチャドスではなく、ドーラの方であった。
「おまえがいくら雑魚を引き連れて行ったところで、犠牲者が増えるばかりぞえ」
「なんだと!」
「まあ、聞け! これからコパは五万の兵を率いてヒューイの城を囲む。将のおらぬ軍を統制するには、魔道師の協力が不可欠じゃ。おまえたちはそちらに専念せよ」
チャロアが文句を言う前に、珍しくチャドスがドーラに同意した。
「魔女の言うとおりだ。おまえたちは、コパさまの補佐に当たれ」
「で、ですが、タンファンは」
すると、ドーラがニヤリと笑った。
「わたしに任せよ。それに、プシュケー教団の教主の動向にも、ちと興味があるでな」
一方、そのドーラでさえ欺かれたタンチェンは、自らの正体をゲーリッヒに告げていた。
「わたくしの本当の名は、ヌルチェン。ヌルギス皇帝の第九皇子でございます!」
だが、ゲーリッヒは驚かず、「そんなことだと思ったぜ」と笑った。
「よく教えてくれたな。おっと、いけねえ。もっと丁寧な言葉遣いにしなきゃ駄目かな、皇子?」
「あ、いえ、どうぞ、今までどおりにお願いいたします。皇子と言っても、九番目。皇帝宮にも入れぬ、家臣預かりの身分に過ぎません。多少はお願いごともできますが、今回の援軍の件などは、寧ろ父君の方から仰せ出されたことでございます」
「ほう、そうかい?」
笑顔で応えながらも、ゲーリッヒの目は鋭く光っていた。
その頃、ゲーリッヒの下の弟であるゲルヌは、エイサの地下にある古代神殿を出て、ギルマンに戻っていた。
「族長国連邦?」
ゲルヌが話している相手は、子供ながらシトラ族の族長待遇を受けているローラである。
ローラは天幕の外にテーブルを出し、中原に来てからすっかり好きになったという薬草茶を淹れて、ゲルヌと二人で飲みながら話している。
「そうよ。風俗習慣の違う蛮族の各部族が、互いに摩擦を起こさずに共存するには、それしかないわ。絶滅したマゴラ族以外の十一部族で、それぞれの族長国を創るの。その代わり、国土の防衛などのような共通の問題には協力して当たる。一応、族長会議をそのまま連邦会議に格上げしたわ」
「成程。それで、本来のギルマン人は戻って来そうか?」
ローラは溜め息を吐いた。
「アンヌや獣人将軍が説得しているそうだけど、なかなか上手くいかないみたい。それはそうよね。いくら、もうマゴラ族はいませんと言っても、それ以外の部族だって結構乱暴だったし、抑々侵略者だろうって言われたら、返す言葉もないわ」
「まあ、ギルマン人にせよ、今の中原で暮らすには、最低限の戦力は必要とするはずなのだがな。おお、そういえば、切通を塞ぐ門は完成したのか?」
「ええ。門もそうだけど、その両側の崖の上に、望楼と連射式投石器用の櫓を建てたわ。それもあって、族長国連邦は、ぐるりとギルマンの崖沿いに、中央を囲むようにしようと思ってるの」
「中央を囲む?」
「やっぱり中央部の方が農地に適しているから、そこにギルマンの人たちに住んでもらうつもりよ。最初は南北とか東西での分割を考えたのだけれど、防衛上、それは無理だということになったの」
ゲルヌは腕組みをして、天を仰いだ。
「うーん、それはどうかな?」
「わかるわ。蛮族に囲まれることに、ギルマンの人たちが恐怖や嫌悪感を感じるのは。それもあって、説得が難航しているのよ」
「そうか。ならば、わたしも行って話してみよう。今、アンヌたちは、リベラだね?」
「そう聞いているわ。お願い。なんとか共存したいの」
ローラの少し潤んだ茶色の瞳を見て、ふと、ゲルヌは尋ねた。
「ローランドは、どう言ってる?」
ローラは困惑の表情を浮かべながら、顔を上下させた。
瞳の色が鮮やかなコバルトブルーに変わると、激しい反発の言葉が飛び出した。
「ぼくは絶対反対だ! ローラのやろうとしていること全てに!」