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61 海賊の島(5)

「おれが覚えているのは、今一緒にいる子供より、おまえがずっと幼(おさな)かった頃だ。決して大人しくはなかったが、素直(すなお)な良い娘(こ)だったと思う。どうして、おまえがこんなことを」

「ふん、お説教かい? 仕方ないだろ。どう足掻(あが)いたって、あたいは海賊の娘(むすめ)なんだ。それより、今じゃ『ラカム水軍』は父ちゃんの頃より人数が多くなったんだよ。あたいには才能があったのさ」

「それは、奴隷(どれい)貿易をする才能か?」

 ミラの顔が怒りに歪(ゆが)んだ。

「あれは、父ちゃんが勝手にやってることさ! あたいは知らない! どっちにしろ、あんたは売り物にはならないだろうから、ここで始末してやるよ!」

 ミラの挙(あ)げたままの手がブルブルと震(ふる)えて、今にも振り下(お)ろされそうである。

 ラカムが一緒でなければ、すぐにでも矢を射掛(いか)けられていたであろう。

 そのラカムが、嬉(うれ)しそうに喋(しゃべ)りかけて来た。

「おれに似(に)ず、親孝行(おやこうこう)な娘でな」

 鼻血を流し、ツイムに押さえつけられながらも、ラカムはニヤニヤ笑っている。

「そのようだな」

「だが、おれを人質(ひとじち)にしたところで、とても逃げ切れねえぜ。そのお稚児(ちご)は少しは魔道が使えるようだが、これだけの人数は倒せまい。それに、もう力が尽(つ)きてるみてえだ。諦(あきら)めるんだな」

 確かに、舟の上のウルスラはグッタリしていた。

 いや、その様子から見て、すでにウルスに戻っているかもしれない。

「万策(ばんさく)尽きた、か」

「わかったら、そこをどけ! おめえ、見かけより重いぜ!」

 海の方からも、「早く父ちゃんを放(はな)せ!」とミラが叫んでいる。

 勿論(もちろん)、今そんなことをすれば、ミラの宣言どおり針鼠(はりねずみ)のようにされるのが落ちであろう。

 ツイムはもう一度、気を失ったらしいウルスを見た。

「一縷(いちる)の望みは、あるかな」

 ツイムはそう呟(つぶや)くと、ラカムを抱(かか)え起こしながら後(うし)ろ手(で)を取り、ミラたちの矢に対する生きた楯(たて)とした。

「おいおい、冗談はやめてくれ。娘たちが間違って矢を射(い)たら、どうするんだ!」

「孝行娘なんだろう? 信じてやりな。それより、暫(しばら)く黙(だま)っててくれ」

 その態勢(たいせい)で、ツイムはミラに呼びかけた。

「ミラ! 頼みがある!」

 いつでも振り下ろせるように腕を上げたまま、ミラは皮肉(ひにく)な笑(え)みを浮かべた。

「ふん、今更(いまさら)命乞(いのちご)いかい?」

「いや、おれのことじゃない。おれの連れの子供のことだ」

「あんたの隠(かく)し子じゃないだろうね?」

「違う。理由(わけ)あって預(あず)かっている子供だ。詳(くわ)しいことは言えぬが、戦争で両親を亡(な)くした可哀想(かわいそう)な孤児(こじ)なのだ。おまえはさっき、奴隷貿易は嫌(いや)がっていたな。であれば、この子供だけは逃がしてやってくれぬか。その後(あと)なら、おれを煮(に)ようが焼こうが、好きにするがいい!」

「勝手なことを言うんじゃないよ! 子供をどうするかは、あたいの自由さ! さあ、さっさと父ちゃんを……」

 ミラが、放せと言う前に、後ろの海賊たちに異変が起きた。

 派手(はで)な水飛沫(みずしぶき)があちらこちらで上がり、怒号(どごう)と舟に穴が開くような大きな音が同時に巻き起こった。

 更(さら)にその頭上から、次々と大きな石が降(ふ)って来ている。

 ツイムはニヤリと笑った。

「すまんな。時間稼(かせ)ぎをしていたのは、こちらも同じだ。おれがカリオテを目指していることは先方に伝えてあったし、その早船(はやふね)が海賊に焼き討(う)ちされたとの一報が入れば、早晩(そうばん)、連合警備船団が来てくれると信じていたよ」

「騙(だま)したな!」

 これこそ逆恨(さかうら)みであるが、激昂(げっこう)したミラは、上(あ)げ続けていた腕を、思わず振り下ろしてしまった。

「あああーっ!」

 悲鳴のようなミラの声と共に、未(いま)だにツイムたちに向けられていた数本の矢が一斉(いっせい)に放(はな)たれた。

 その刹那(せつな)、気絶していたはずのウルスがフラリと立ち上がり、カクンと顔を上下させると掌(てのひら)を突き出した。

 と、ツイムが楯にしているラカムの目前に迫っていた数本の矢が空中で止(と)まり、バラバラと落ちた。

 同時に、最後の体力を使い切ったウルスラが、パタリと倒れた。

「何故(なぜ)だ!」

 そう叫ぶと、ツイムはラカムを放り出し、舟に飛び乗ってウルスラを抱(だ)き起した。

 ウルスラは薄く目を開(あ)け、「子供の、目の前で、親を、殺しては、いけないわ」と切れ切(ぎ)れに言うと目を閉じた。

 ツイムは思わず心臓の辺(あた)りに耳を当てたが、トクトクという鼓動(こどう)が聞こえ、腰を抜かしそうになるほどホッとした。

 そのまま抱き上げて舟を降(お)りると、キッとラカムを睨(にら)んだ。

「この舟をくれてやる。おれの気が変わらぬうちに、とっとと失(う)せろ!」

 ラカムは一瞬迷ったようだが、その間にも投石(とうせき)は続いていたため、走って舟に乗り込み、ロープを解(ほど)くと、「あばよ!」と叫んで桟橋(さんばし)を蹴(け)った。

 その頃には、甲板(かんぱん)に投石機(カタパルト)を積(つ)んだ船団が沖合(おきあ)いから近づいて来るのが見えてきた。

 父親の舟が先に逃げて行くのを複雑な表情で見ていたミラは、ツイムの方を振り返って「これで恩(おん)を売ったと思うなよ!」と怒鳴(どな)った。

「もちろんだ! その代わり、次に会った時には、容赦(ようしゃ)せん!」

 そう答えながらも、ツイムは晴れ晴(ば)れとした笑顔になっていた。

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