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59 海賊の島(3)

 ウルスの瞳の色の変化が、何らかの病気によるものではないことは、ツイムにもわかった。

 それどころか、船酔(ふなよ)いで意気消沈(いきしょうちん)していた先程(さきほど)までとは打って変わり、表情も引き締(し)まって毅然(きぜん)としている。

 元々美形(びけい)ではあった容貌(ようぼう)が一段と美しくなっており、ジッと見つめられると、妙にドギマギしてしまう。

「だ、大丈夫でございますか?」

「ごめんなさいね。いつも迷惑をかけてしまって」

 その声を聞いた刹那(せつな)、ツイムの顔色が変わった。

「あなたは、本当にウルスさまなのですか?」

「いいえ、わたしはウルスラ。ウルスの双子(ふたご)の姉よ」

 ツイムの顔が不審(ふしん)のあまり歪(ゆが)んだ。

「いったい、いつ入れ替(か)わったのですか?」

 ツイムは、ウルスを背負って逃げる途中のことを思い出してみたが、一度も下に降(お)ろした覚(おぼ)えはなかった。

「ああ、身体(からだ)は一つなの。ちょっと待ってね」

 ウルスラは舟に横たわったまま目を瞑(つむ)り、少し顎(あご)を引いて頷(うなず)いた。

 再び目を開(あ)けると、ツイムが見慣(みな)れたコバルトブルーの瞳に戻っていた。

「隠(かく)しててごめんなさい。ツイムさんにだけは打ち明けようかと何度も思ったけど、また、魔女だって誤解されるのが怖(こわ)くて、言えなかったんだ。でも、今は、ここから逃げるのに魔道の力が必要だろう? 申し訳ないけど、ぼくにはできないんだ。暫(しばら)くウルスラと交替するから、どうか、手伝わせてあげてね」

 また目を閉じ、軽く頷いて目を開けると、瞳の色が変わっていた。

 船酔いで肉体的に弱っているのは同じはずだが、ウルスラは気丈(きじょう)に起き上がった。

「ちゃんと説明してあげたいけど、今はその余裕がないわ。とにかく、この小さな舟を近くの島に着岸(ちゃくがん)させて、嵐をやり過ごさなきゃ」

 ツイムが事態を呑(の)み込む間(ま)もなく、早船(はやふね)へ向けて射(い)られた火矢がここにも落ちて来た。

 雨も小止(こや)みになっており、海賊船が接近して来るのは、時間の問題である。

「わかりました。今は、とにかく逃げましょう」

「ありがとう。じゃあ、始めるわ」

 ウルスラは、座ったまま精神を集中した。ゆっくり呼吸をしながら、手を複雑に動かした後(あと)、両方の掌(てのひら)を下に向け、空気を押すような仕草(しぐさ)をした。

 すると、二人を乗せたまま舟がフワリと浮き上がり、海面の上の空中を滑(すべ)るように進み出した。

 ウルスラは全身に力を籠(こ)めつつ、唖然(あぜん)としているツイムを叱咤(しった)した。

「呆(ぼう)っとしてないで、ちゃんと方向を指示してちょうだい!」

「あ、はい。もう少し右にお進みください」

 年端(としは)も行かぬ少女に命令されても、ツイムは不思議と厭(いや)な気はしなかった。

 明らかに、ウルスラには人の上に立つ者の威厳(いげん)と統率力(とうそつりょく)があった。

 それは本来、王の資質(ししつ)である。

「惜(お)しいな」

「え? 何?」

「いえ、そのまま真っ直ぐお進みください!」

 ツイムは三艘(そう)の海賊船の位置を考え、死角を縫(ぬ)うように誘導した。波の上を進むため抵抗がなく、普通の舟の倍以上の速度で進んで行く。

 但(ただ)し、少しずつ舟が下がっていた。

 ウルスラの息が荒くなって来ており、相当に体力を消耗(しょもう)しているようだ。

「ウルスラさま、少しお休みになった方が」

「いいえ。今、着水したら、海流に流されて戻ってしまうと思うわ。薄(うす)く島影(しまかげ)も見えて来たし、もう少し頑張(がんば)ってみるわ」

 この状況判断と責任感は大したものだと、ツイムは内心、舌を巻いた。

 いけないとは思いながら、ついウルスと比べてしまう。

「そうですね。小さな島のようですが、あそこに上陸し、朝を待ちましょう」

「じゃあ、島に近づいたら、どの辺(あた)りに接岸(せつがん)したらいいのか、教えてね」

「はい」

 すっかりウルスラの家臣のようになっているのが、ツイムは自分でも可笑(おか)しかった。

 だが、今は安全を確保するのが先である。

 そろそろ空が白(しら)み始めて来ていた。

 早く上陸しなければ、海賊に見つかる虞(おそれ)がある。

 ツイムはこの地域の出身とはいえ、大小合わせて百以上ある島の全てを知っている訳(わけ)もなく、この島も始めて目にするものだ。樹々(きぎ)が繁(しげ)っているから、身を隠せるし、当然、水もあるだろう。

 問題は、この舟を安全に接岸できる場所があるか、どうかだ。

「あれは何かしら?」

 夜が明け初(そ)めた頃、それを見つけたのは、ウルスラが先だった。

 だいぶ風化しているが、桟橋(さんばし)のようだ。昔は港(みなと)だったのだろう。

「おお、ちょうど良かった。あそこに舟を着けて、繋留(けいりゅう)しましょう」

「わかった、やってみるわ」

 ウルスラは、ギリギリまで舟を桟橋に寄せて着水させた。

 そこで力尽(ちからつ)きたらしく、舟の縁(ふち)に寄りかかった。

「ふう。なんとか、できたわね」

「少しお休みください」

 そう言うと、ツイムは手早(てばや)く柱にロープを掛けて結んだ。

「これでよし。さあ、上陸しましょう、ウルスラさま」

 だが、すでに瞳の色はコバルトブルーに戻っていた。

「ごめんね。ウルスラは少し引っ込んで休むってさ」

 改めてその頼りなさげな様子を見て、ツイムは思わず溜(た)め息(いき)を吐(つ)きそうになるのを、グッと堪(こら)えた。

「では、先におれが上(あ)がって、手をお引きします」

 ツイムが桟橋に足を掛けた時、シュッと音がして、頬(ほほ)の横を何かが掠(かす)め、すぐ傍(そば)の柱でカツンと音がした。

 矢だ。

 ツイムは咄嗟(とっさ)に舟に足を戻し、ウルスに「伏(ふ)せて!」と告げると、自分も頭を低くした。

 ガサガサと茂(しげ)みを掻(か)き分ける音がして、いきなり矢を放った相手と思われる野太(のぶと)い声が聞こえてきた。

「それで隠(かく)れているつもりなのか。出て来い、ツイム!」

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