50 鞭と戦斧
馬上で使う細身で長柄の戦斧と違い、大男の振るったものは、剣ほどの長さの柄に肉厚の双刃が付いており、一撃必殺の武器である。
が、それだけに動きは鈍い。
ガイアックと名乗っているゾイアは、充分な間合いをとって避けた。
勢い余って地面に突き刺さったバトラックスを見つめつつ、冷静に審判役に尋ねた。
「始めてよいのか?」
審判役は慌てたように「ザクブル、ガイアック、始めよ!」と告げた。
ザクブルというのが、赤毛の大男の名であるらしい。
ゾイアが審判役に確認している間に、ザクブルはバトラックスを地面から引き抜いていた。
「余裕をかましてんじゃねえ!」
ザクブルは突進しながら第二撃を加えてきたが、如何せん直線的な動きで、ゾイアはまたさらりと躱した。
同時に、手首だけを動かして鞭を振るい、ザクブルのガラ空きの背中をピシリと打った。
殆ど力を籠めていないようであったが、ザクブルの胴着に薄っすら血が滲んできた。
その痛みより、まんまと反撃を喰らったことに腹が立ったらしく、ザクブルの形相が変わった。
「くそがっ!」
バトラックスを振り上げ、凄まじい勢いで斬りつけて来る。
ゾイアはすでにそれを見切っており、刃が届かない位置から縦横に鞭を振るった。
まるで、鞭が何本にも増えたかのように、ザクブルの腕といわず脚といわず、ピシリ、ピシリと打ちつける。
忽ちザクブルの全身は傷だらけとなり、胴着が赤く染まった。
観客はやんやと歓声を上げたが、その中で紹介者のリゲスと並んで観ていたロックだけは、心配そうにゾイアに声を掛けた。
「おっさん、油断するな! 相手はちっとも弱ってねえぞ!」
ロックに言われるまでもなく、ゾイアにもこの闘いが不利であることはよくわかっていた。
全身血塗れになりながらも、ザクブルはニヤニヤ笑い出しているのだ。
「どうした、覆面男。それで終わりか? これぐらいの傷、おれさまは何ともねえぜ!」
さらに勢いを増してバトラックスを振り回して来た。
相手を戦闘不能にしない限り勝負の決着がつかない以上、このままでは、いずれ疲れて隙のできた時に、ゾイアがバトラックスの一撃を受けてしまうことになる。
と、ゾイアは動きを止め、鞭を振るっていた腕をダランと垂らした。
一瞬戸惑って自分も動きを止めたザクブルは、ニヤリと笑って「そうか、諦めたか。じゃあ、遠慮なく行くぜ!」と、バトラックスを高く掲げた。
その刹那、ダランと下がっていたゾイアの腕が目にも留まらぬ速さで動き、シュルシュルと伸びた鞭の先がバトラックスの柄に巻き付いた。
同時に、鞭を両手で握って力任せに引き寄せた。
だが、ザクブルもそれは想定していたようで、「欲しけりゃ、やるぜ!」と叫んで、パッと手を離した。
鞭に引かれたバトラックスは、物凄い速さで回転しながらゾイアに向かって飛んで来た。
ゾイアは鞭を手放して仰け反ったが、バトラックスはその鼻先を掠めるように通り過ぎた。
更に、ゾイアの後ろにいた観客が悲鳴を上げて逃げた隙間を通り抜け、その先の石垣にガツンと突き刺さって、漸く止まった。
一方、バトラックスを捨てたザクブルはそのまま突進し、仰向けに倒れかけているゾイアを圧し潰そうと、跳躍して飛び掛かって来た。
ゾイアは倒れ込みながらもザクブルの襟首を掴み、両足でドンと相手の腹を蹴り上げた。
すると、突進して来た勢いのままザクブルの体は宙を舞い、背中からドスンと地面に落ちた。
「ぐえっ!」
一声呻いたまま、ザクブルは動かなくなった。
割れんばかりの拍手と歓声の中、露台から観戦していたバポロは、驚いたように葡萄酒の杯を置いた。
「あの技は、まさか……」
その同じ技を使うもう一人の男、ティルスは同僚のベゼルと練習中であった。
あの激しい模擬試合の後、すっかり感服したベゼルの方から「弟子にしてくれ」と申し込んだのである。
ティルスは笑って断った。
「とんでもない。人に教えるどころか、自分が誰かもわからないのだ」
「ならば、練習相手になってくれ」
「それならば、こちらからお願いしたいくらいだ」
「ありがたい。手加減は無用だ」
こうして二人で練習を重ね、前回の『暁の軍団』との試合で、怪力で身長が倍近い相手を、ティルスは見事に倒した。
その時にも、ベゼルを投げ飛ばしたあの技で勝ったのである。
そのティルスに再戦の知らせが届いた。
伝えたのは長老のドメスである。
「相手は、ガイアックという流れ者じゃ。体格はおまえと似ているようだが、素性を隠すために覆面をしているらしいぞ」
「ほう。面白い。闘うのが楽しみだな」
ティルスはまだ見ぬ対戦相手に、思いを馳せた。




