46 シャルム渓谷の戦い(4)
ガルマニア帝国軍の不幸は、人数の割に少ない騎兵を、前線を立て直すべく前へ前へと送ってしまったことである。
そのため、バロードの傭兵騎士団が丘陵を駆け下って来たときには、ゴッツェ将軍の周りに殆ど騎兵が残っていなかった。
それでも、将軍直属の重装歩兵たちは、鉄板貼りの楯をズラリと並べ、その僅かな隙間から長槍を突き出し、針鼠のように防御に徹する構えをとった。
将軍の危機を察知すれば、前後に散った兵がいずれ戻ってくる。それまでの時間稼ぎとしては、妥当な策戦であった。
ところが、ニノフの率いる金狼騎士団には、他の騎士団にはない特技を持った者が多かった。
騎射である。
馬上で弓を射るには、鐙を自在に操って、常に姿勢を真っ直ぐに保たなければならない。
決して容易ではないその技を、ニノフ自ら団員に教え込んでいた。
丘陵を下り終えるや否や、金狼騎士団の団員たちは、一斉に騎射を始めた。
それも、上に向けて、であった。
よく見ると、鏃が通常よりも長く太い。
射られた矢が頂点まで上昇すると反転し、その長くて太い鏃を下にして、ガルマニア帝国軍の重装歩兵の頭上に次々と落ちて来るのである。
あちこちから悲鳴が上がった。
そうして鉄壁の防御が破れたところへ、今度は大熊騎士団が、穂先の両側に湾曲した刃が付いた十字槍を突き入れて来る。
しかも、円を描くように動きながら、何度も何度も襲って来るのである。
ゴッツェ将軍を護る楯が、一枚、また、一枚と引き剥がされて行く。
もちろん、襲っているバロードの騎士団の方も、ここであまり時間が掛かるようだと、折角散開している敵が、再び集まって来てしまう。
時間との競争であった。
「いたぞーっ!」
楯の防衛線を突破した大熊騎士団の一人が叫んだが、アッという間に周囲のガルマニア兵に寄ってたかって斬り刻まれてしまった。
ボローが「おれに任せろ!」と怒鳴ると、十字槍をブンブン振り回しながら突進した。
ガルマニア兵の構える楯を、槍の石突の方でドンと衝き、相手が堪らずに体勢を崩したところを強引に割って入り、人馬一体で縦横に十字槍を振るった。
「皆も続けーっ!」
ボローの呼びかけに「おおーっ!」と声が上がり、二騎三騎と防衛線を越えて行く。
更に、後続の騎兵が雪崩のように押し寄せ、一気に重装歩兵たちを蹴散らした。
先頭を行くボローは、ついに将軍らしき、赤髭の巨漢を発見した。
その男を含めた数人だけが騎乗して固まっているから、間違いないであろう。
「ガルマニア帝国軍の将軍とお見受けした! バロード大熊騎士団、団長のボローである! 御首級を頂戴仕る!」
赤髭の巨漢は、ボローに負けぬ大音声で「笑止!」と言い返した。
「われはガルマニア帝国軍にてその人ありと恐れられた、ゴッツェ将軍である! おまえ如き雑魚など、わが槍の錆びとしてくれるわ!」
副官たちが「将軍、お下がりください!」と止めるのも聞かず、ゴッツェは「どけっ!」と怒鳴りつけて飛び出した。
ボローも負けずに突進し、騎乗のまま両者の槍が、ガキッと大きな音を立てた。
そのまますれ違い、反転して再び激突、これを数度繰り返した。
あまりの激闘に、周囲の敵も味方も手出しができず、そこだけが真空地帯のようである。
無限に続くかと思われた闘いも、さすがに寄る年波、ゴッツェ将軍の息が上がってきた。
副官が「いかん、将軍をお護りしろ!」と叫び、数騎が乱入しようとしたため、大熊騎士団側も「させるか!」と突っ込んで、乱戦となった。
その中にあっても、ボローは攻撃の手を弛めず、ついに十字槍を横殴りに振ってゴッツェの兜の側頭部を強打し、落馬させた。
ボローは自らも馬を下りると、槍を捨てて長剣を手にし、「いざ、お覚悟!」とゴッツェに迫った。
ゴッツェは頭を振って立ち上がり、こちらも長剣を手にした。
ボローは有無を言わさず打ち掛かったが、ゴッツェとて歴戦の強者、悉く撥ね返した。
それからは、互いの剣から火花が飛び散る壮絶な打ち合いとなり、一進一退を繰り返したが、これだけの接近した闘いとなると、一回り以上体格の大きいゴッツェの方が有利である。
次第に勢いを盛り返して来た。
「小僧、わしを狙うとは、十年早いわ!」
「くそっ!」
最早、ボローの方が追い詰められていた。
ボローは今更ながら、己の技量を過信して、馬上で止めを刺さなかったことを悔いた。
ゴッツェは勝利を確信し、北叟笑んだ。
「ここでわしを斃さねば、多勢に無勢、おまえら傭兵騎士団など、蚤の如く捻り潰してくれるわ!」
ゴッツェは長剣でボローの首を狙ったが、長年培った戦場の勘が働き、ゾクリと背中に鳥肌が立った。
すぐに背後から急接近して来る馬の足音に気づき、ゴッツェが振り返った、その刹那。
「ぐがっ!」
ゴッツェの口から首を貫いた細い剣が見え、次の瞬間にそれが引き抜かれると、大量の血が口から溢れた。
細剣に付いた血痕をビュッと振り落としたのは、馬に乗ったままのニノフであった。
「ボロー、早く止めを刺せ。もう時間がないぞ」
「こ、心得た」
ボローはゴッツェ将軍の首を斬り落とし、自分の十字槍に刺して掲げた。
「ガルマニア帝国軍ゴッツェ将軍を、討ち取ったぞーっ!」
ボローの雄叫びに応じて、「うおおおーっ!」と勝鬨が上がった。
ニノフだけは冷静に、「もう良い。逃げるぞ」とボローに告げると、大声で「バロードの全騎士団よ! 速やかに撤収せよ!」と命じ、真っ先に丘陵を駆け上がって行った。




