↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/1520

43 シャルム渓谷の戦い(1)

 凡(おおよ)その方向しかわからぬまま駆け出したゾイアであったが、やがて、前方に廃都ヤナンの輪郭(シルエット)が見えてきた。

 ロックがまだヤナンに残っているのかわからないが、少なくとも近くには居(い)るはずである。

 ヤナンに近づくと、気配を殺し、身を隠(かく)しながら進んだ。当然、黒尽(くろず)くめの女の仲間がいるだろうと予想したからである。

 だが、出払(ではら)っているのか、誰にも出会わない。

 ゾイアは知らなかったが、カルボンの依頼を受け、ガイ族の者たちは中原(ちゅうげん)各地の反ガルマニア勢力の説得に当たっていたのだ。

 幸い、二頭の馬は逃げもせずに、繋(つな)いだ石柱(せきちゅう)のところにいた。軽く首筋(くびすじ)を撫(な)でてやり、「待っておれよ」と声をかけて、先に進む。

 最初に刀子(とうす)を投げられた辺(あた)りで、石塀(いしべい)の陰(かげ)に倒れているロックを発見した。

 ゾイアは駆(か)け寄(よ)り、ぐったりしているロックを抱(だ)き起こした。

「おい、大丈夫か?」

 パッと開(ひら)いたロックの目が、一瞬だけ真っ赤に見えた気がしたが、驚いたゾイアがもう一度見直した時には、もう普通の目に戻っていた。

 但(ただ)し、焦点(しょうてん)が定(さだ)まっていない。

「おっさん、なのか?」

「ああ、そうだ。どうしたのだ、ロック?」

 ロックはゆっくり頭を振(ふ)った。

「わからねえ。いつ気を失ったのかも思い出せねえ」

「そうか。もしかしたら、何か薬を嗅(か)がされたのかもしれぬ。われも痺(しび)れ薬を塗(ぬ)った刀子でやられた。そういうことを得意(とくい)とする部族のようだ。このヤナンを仮の根拠地(こんきょち)にしているらしい。長居(ながい)は無用(むよう)だ。早く立ち去ろう」

「しかし、水と食料はどうすんだ?」

 ゾイアは珍しくニヤリと笑った。

「ここから少し失敬(しっけい)していくさ。われをバロード共和国に売り飛ばそうとした報(むく)いだ」

「バロード、共和国?」

「そうなのだ。ガルマニア帝国の占領下(せんりょうか)で形ばかりの自治領(じちりょう)であったバロードは、カルボン卿(きょう)の下(もと)で独立したらしい。面白くなって来たぞ」

「ふん。そんなの面白くもなんともねえよ。すぐにガルマニア帝国に鎮圧(ちんあつ)されるだけさ」

 ロックらしい言い草(ぐさ)に、ゾイアは少しホッとした。

「それはどうかな。おお、そういえば、ガルマニア帝国軍が謎の軍隊と戦(たたか)っていると聞いた。相手は恐らく、われらがすれ違ったプシュケー教団だろう」

「へえ。おっさんが守りを考えてないとか言ってた連中だな」

「ああ。あまり犠牲者(ぎせいしゃ)が出ねばよいが」

 ゾイアは、あの時の使者の男を思い出しながら、東の空を見上げた。



 カルボン卿が報告を受けた一万五千のガルマニア帝国軍を率(ひき)いているのは、生粋(きっすい)のガルマニア人であるゴッツェ将軍であった。

 燃えるような真っ赤な髪(かみ)と、それと一繋(ひとつな)がりのように顔を覆(おお)う赤髭(あかひげ)の大男だ。

 特別に造(つく)らせた鉄貼(てつば)りの鎧(よろい)が、弾(はじ)け飛びそうなくらい胸板(むないた)が分厚(ぶあつ)い。

 その体重を支えるため、一際(ひときわ)体格のいい馬に跨(またが)って進軍している。

 しかし、豪傑(ごうけつ)のような風貌(ふうぼう)とは裏腹(うらはら)に、帝都ゲオグストを出発して以来ずっと、副官に愚痴(ぐち)を零(こぼ)していた。

「折角(せっかく)、薄(うす)ら禿(はげ)のザギムが失脚(しっきゃく)したのに、後任(こうにん)がまた異民族のチャドスとは、どういうことだ!」

 副官の若い男も赤毛のガルマニア人である。

「全く腹立たしい限りでございますな」

 ゴッツェに追従(ついしょう)するように、大きく頷(うなず)いた。

 完全に能力主義の人材登用(じんざいとうよう)をするゲール皇帝の方針により、たとえ文官の最高位である宰相(さいしょう)であっても、他の民族出身者が採用されることが間々(まま)あるのだ。

 抑々(そもそも)、ガルム大森林の狩猟民族であったガルマニア人には、ゴッツェ自身のように武将(ぶしょう)としての才能に秀(ひい)でた者は多くとも、行政能力のある人材は極端に少ないのである。

 元々それを面白くないと思っていたガルマニア人たちにとって、異民族出身の二大巨頭(にだいきょとう)であるザギムとブロシウスの対決は願ってもない状況であった。

 結果的に、負けたザギムとその一党が粛清(しゅくせい)されて、権力の空白が生(しょう)じることになり、愈々(いよいよ)自分たちの出番だと思った者も多かったであろう。

 だが、宰相の地位は、またしても異民族出身の、チャドスという男が就(つ)いたのである。

「皇帝は何を考えておられるのか! 忠節(ちゅうせつ)を尽(つ)くすわれらを、何故(なにゆえ)蔑(ないがし)ろにされるのか!」

 いい加減(かげん)うんざりしながらも、副官が相槌(あいづち)を打とうとした時、前方から伝令らしき早馬(はやうま)が駆けて来た。

「申し上げます、申し上げます!」

 副官はホッとした気持ちを見透(みす)かされぬよう、殊更(ことさら)大きな声で「何事か!」と叫んだ。

「はっ、われらの進軍する前方を、所属不明の軍が横切って行きます。如何(いかが)致(いた)しましょう?」

 副官が何か言う前に、ゴッツェの命(めい)が下(くだ)った。

「そのようなもの、蹴散(けち)らしてしまえ!」

 これが、ガルマニア帝国軍にとって、悪夢のような戦いの幕開(まくあ)けとなったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。