28 馬上の死闘
騎馬で近づいて来る者たちは、隊列を整えるためか、互いの姿が見える位置で一旦止まった。その数、十騎。
風に乗って、彼らの話す声がゾイアたちのところまで聞こえて来た。
「いたぞ、間違えねえっ!」
「生死に拘わらず賞金をくれるらしいぞ!」
「金貨十枚、おれが貰ったあ!」
「いや、小っこい方は殺ってもいいが、大男は生かして捕らえよとの通達だ!」
「男じゃ、生かしても、後の楽しみがねえな!」
どっと下卑た笑いが起こった。
明らかに、こちらが二騎しかいないと見て、完全に舐め切っている。
薄汚れているものの揃いの紋章を付けているところをみると、この辺りを縄張りとする騎士団であろう。
だが、どこの国のものともわからぬ不揃いの簡易甲冑を身に着けていることといい、面構えの凶悪さといい、実態は、殆ど追剥ぎやならず者と変わらないようだ。
敵が二三騎ならば、ロックと別々に逃げることもできようが、十騎ともなればとても逃げ切れない。
ゾイアの宣言どおり、むしろ、こちらから攻めて斃す他なかった。
「ロック、われから離れるな!」
「あ、ああ」
ゾイアは、最初に抜いた長剣を片手に持ち替えた。
そのまま、背中に吊るしていた大剣も抜いて両手に剣を持ち、太い脚の締め付けだけで馬を操っている。
「行くぞ!」
「うん」
ゾイアが猛然と馬の速度を上げたため、ロックは付いて行くだけで精一杯で、短剣を持つことすらできない。
だが、ロックにも相手がハッキリ見えて来た。
各自の持つ武器はバラバラで、先頭に正規軍のような長槍を持つ者が三人、その後ろに長剣を構える者が二人、向かって左側に長い柄の戦斧を持つ者が一人、右側に棘鉄球付きの戦棍棒を振り回す者が一人、後続の三人は皆十字弓を抱えている。
相手は、十騎で向かえば自分たちが追う立場になると踏んでいたようで、逆に突進して来るゾイアに、明らかに戸惑っていた。
そのため、気がついた時には、すでに先頭のランスの間合いの内側に入り込まれていた。
ランスは距離のある相手を攻撃する武器だから、こうなると無用の長物である。慌てて馬を旋回させようとしたが、ゾイアの剣の方が速かった。
「ぐええっ!」
「がはっ!」
両方の剣で同時に二人を斃すと、返す剣でもう一人も斬った。
「ぎゃっ!」
その勢いのまま、中段の長剣組に向かおうとしたゾイアは、ぐっと頭を下げた。
その場所をブーンと唸りをあげてバトラックスが掠めて行く。
それを追うようにゾイアの長剣が手を離れ、バトラックスを振り回して体勢の崩れた相手の胸に突き刺さった。
「ぐおっ!」
すぐに両手に持ち替えた大剣で、今度は頭上から振り下ろされて来る棘鉄球付きメイスを受け止め、逆に弾き返す。反動で棘鉄球は相手の顔面を直撃した。
「っ!」
相手は声も出せずに落馬した。
その時、後方からロックの叫び声がした。
「おっさん、助けてくれーっ!」
いつの間にか長剣組二人はこちらの戦列から離れ、ロックに迫っていた。
ゾイアは二人を追いながら、ロックに近い方の一人に大剣を投げた。それは過たず、相手の胸を貫いた。
「げほっ!」
その間に残り一人に追いついたゾイアは、背後から相手の馬の方に飛び乗り、相手の長剣を持つ手を片手で押えながら、空いている方の腕で首を絞め上げた。
相手を絞め落とした瞬間、ヒュンヒュンヒュンと音が響き、ゾイアの背中に三本の矢が突き刺さった。
「があああーっ!」
ゾイアは首を絞めていた相手の馬から飛び降りたが、そこへ二の矢、三の矢が飛んで来る。
それを走りながら避けるうち、ゾイアの目が爛々と緑色に光り出した。筋肉がごりごりと膨れ上がり、背中に刺さった三本の矢は内側から押し出されてポトリポトリと地面に落ちた。
ついに立ち止まってしまったゾイアに、異変に気付かない射手たちが次々に矢を射掛けた。
だが、いつの間にか鉤爪が鋭く伸びていたゾイアの手で、全て叩き落された。
不思議なことに、獣人化はその程度で止まっており、ゾイアの顔も毛が濃くなったものの、まだ充分人間の顔であった。
「死にたくなくば、もうやめよ! 仲間の死体を、ちゃんと葬ってやれ!」
射手たちは悲鳴のように命乞いをし、後で仲間を弔うと約束して逃げ去った。
ゾイアは、ロックに向かって「大丈夫だったか?」と聞いた。が、ロックの方が怯えて近づいて来ない。
「おっさん、ちゃんと正気に戻ってんのか?」
「ああ、心配いらん」
ゾイアの言葉どおり、目の輝きも普通になり、鉤爪も徐々に引っ込んだ。最後まで残った顔面の毛も、スーッと消えて行った。
「ロックよ。われはもう普通の状態だ。安心しろ」
「良かったあ。でも、今回は完全には獣にならなかったな」
「うむ。少し自分で押さえてみた。何とか人間の心のままでいられたようだ」
「良かったよ。だけど、賞金稼ぎはまた来るぜ」
「わかっている。これ以上、無益な殺生はしたくない。これからはなるべく昼間寝て、夜に移動しよう」
「ええっ、月明りの夜ばかりじゃないぜ」
「大丈夫だ。われにはちゃんと見える。とにかく、急がねばウルスの身が心配だ」
そのウルスは、早船の甲板で、人相の悪い連中三人に囲まれていた。
「なあなあ、坊や、本当のことを言ってくれよ。どこかの国の王子さまじゃねえのかい?」
大きな刀創のある顔で凄む相手に、「知りません。誤解です」と言い続けている。
近くにツイムの姿は見えない。
刀創の後ろの仲間が、「もういいから、かっ攫おうぜ。王子じゃなくたって、こんだけ美形なんだ、稚児として売りゃいい」と催促した。
「ふん、そうだな。じゃあ、坊や、おれたちと行こうぜ」
刀創がウルスの腕を掴んだ瞬間、ウルスの顔が上下して、「無礼者!」と相手を一喝した。
「なんだと、このガキ! つけ上がるんじゃねえぞ!」
次の瞬間、ウルスラの手から見えない波動が迸り、悪漢三人組は吹っ飛ばされた。




