26 それぞれの旅立ち
北長城までどの経路を通るにせよ必要だろうということで、ゾイアたちはギータの薦めで馬を購入することにした。
馬喰(=馬商人)を訪ね、交渉の末、体格のいい葦毛(=灰色の馬)と、まだ若い栗毛(=茶色の馬)の二頭に決めた。
馬喰から受け取った二頭の馬を、とりあえずギータの庭に繋いだ。
ギータは馬が好きらしく、皺の多い顔をクシャクシャにして、普段はクリッとして黒目勝ちな目を細めている。
柵の上にヒョイと乗って、栗毛の鼻面を撫でながら、「本当は龍馬がいいが、さすがに金貨数枚では手に入らんな」と残念がった。
ゾイアは笑いながら、「われにはこれで充分だ」と葦毛の首筋をホタホタと叩いた。
ロックは少し不服そうだった。
「おっさんの葦毛はいいけどさ、おれの栗毛はちょっと小さくねえか?」
それにはギータが答えた。
「なんの、これからズンズン大きくなるさ。おまえがちゃんと飼い葉を喰わせてやればな」
「馬の食い扶持の心配より、この先、おいらたちが飯を食えるかどうかもわからねえよ。馬と旅装束を揃えるのに、だいぶ使っちまったからな」
「おお、忘れておった。おぬしたちに渡すものがある」
そう言うと、ギータは懐から小さな革袋を出した。
「わしが貰った金貨五枚を小粒銀に両替した。旅先では、この方が使い勝手が良い。ああ、遠慮することはないぞ。一旦、仕事の請負料としてわしのものになった金を、わしが勝手に友の門出の餞別として渡すのだからな」
ゾイアは「忝い」と頭を下げた。
ギータは笑って手をヒラヒラさせた。
「気にせんでくれ。ライナもそうだろうが、これは先行投資だと思ってくれ。それより、おぬしたちは依然としてガルマニアのお尋ね者だ。どういう経路にするか、決めたのか?」
この質問にはロックが答えた。
「サイカもそうだけど、中原の西半分は、まだガルマニア帝国に服さない自由都市が多い。小さな独立国も結構ある。それでも安心はできないから、極力その間にある、どこにも属さない緩衝地帯を縫って行く。あまり早くは進めないけど、捕まったり、その場で斬り殺されたりするより、マシさ」
「うむ。それしかあるまいのう。まあ、くれぐれも賞金稼ぎに掴まらんように注意してくれよ」
その日はライナがどうしても壮行会をしたいとのことにて、出発は翌朝ということになった。
壮行会の席上、酔ったライナはゾイアに婿入りしてくれと迫ったが、ゾイアの答えは変わらなかった。
「有難いが、われには果たすべき約束がある」
ライナは酔いが回った目でゾイアを見ていたが、パッと席を立ち、走り寄って抱きしめた。
「待つよ。いつまでも」
「それに、自分がどこの何者かもわからんのだ」
「いいさ。わたしだって捨て子だったよ」
「わかった。婿入りは約束できぬが、ウ、いや、探している者が見つかれば必ずここへ戻って来よう」
「きっとだよ」
宴は明け方まで続いた。
その頃、ウルスは長城の外壁と内壁の間を東西に貫く馬車道を通り抜け、最東端に到着していた。
そこはスカンポ河へ張り出した船着き場となっている。
「早船は、おっつけ参りましょう。淋しくなりますな」
滞在中にすっかりウルスが気に入ってしまったらしいマリシは、すでに目を潤ませていた。
「お世話になりました」
ウルスはペコリと頭を下げた。
その横には、ウルスの荷物を持った若い男が立っている。
防御が手薄にならぬよう、アーロンは長城の中央部に残り、代わりに、マリシの配下のツイムという男がウルスに同行することになったのだ。
南方系の、黒に近い焦げ茶色の髪と目をした精悍な男である。
「ツイム、ウルスさまを頼むぞ」
「はっ。わが生命に代えましても」
遠くから船の到着を先触する鐘の音が聞こえて来た。
「おお、来ましたな」
三人は桟橋へ降り、船の到着を待った。
「鐘の音が北の方から聞こえる気がする」
ウルスの疑問に、ツイムが答えた。
「早船は一旦ここより河上の河湊まで遡上して荷を下ろし、身軽になって河を下るのです。あ、もう見えて参りましたよ」
早船は木造ながら、百人は乗れようかという大型帆船であった。
今はその帆を畳み、河面を滑るように入港して来る。
「それじゃ、本当にお世話になりました。ありがとう」
ニッコリと笑ったウルスを、マリシは「御免」と断ってから、ギュッと抱きしめた。
「どうか、道中お達者で」
「将軍も」
ウルスは、手を振りながら、未だ見ぬ沿海諸国へ思いを馳せていた。




