20 真剣勝負
ゾイアは長剣を選び、ライナから貰った古着がヒラヒラして動きにくいため、人間用の稽古着も借りた。
ギータは、短い胴衣を羽織って紐で締め、素振り用とは別の細剣を持った。
準備が整った二人は、裏庭の中程に立った。
ギータの身長はゾイアの半分にも足りないが、気迫では決して負けていない。恐らく、相当の手練れであろう。
それを警戒してか、ゾイアは充分過ぎるくらい間合いを取っている。
裏庭はこういう試合に度々使われているらしく、足に引っ掛かるような雑草も全て抜き取られ、綺麗に整地されていた。
その代わり、建物以外の三方を囲む煉瓦塀はかなり傷んでおり、所々崩れ落ちている。
二人の試合の邪魔にならぬよう、ロックは建物側の隅に貼り付いて、固唾を呑んで見守っていた。
ゾイアがニヤリと笑って、「いつ始めよう?」とギータに尋ねた。
「もう始まっておるさ!」
そう応えた時には、ギータの体はポーンとゾイアの背丈より高く跳ね上がり、頭上からレイピアを振り下ろして来た。
ゾイアは余裕を持って長剣で払い除けようとしたが、驚くべきことに、横に振られた長剣の刀身の上に、ギータの両足がフワリと乗った。
「ちっ!」
ゾイアは反対側に振って落とそうとしたが、絶妙な平衡感覚でギータは刀身に踏み止まり、それどころか、スルスルと前に移動してレイピアで突いて来た。
「くっ!」
ゾイアが半身になってそれを避けようとすると、ギータはずっと両手で握っていたレイピアから片手を離し、ぐっと伸ばした鋩でゾイアの目を狙ってきた。
「ふんっ!」
咄嗟に長剣を捨て、ゾイアは後方に向かって宙返りした。
だが、ギータはすぐに間合いを詰め、息も吐かせぬように、片手でレイピアを突きまくって来る。
すでに武器を失ったゾイアは、右に左に体を躱しながらも、ジリジリと庭の隅へ追い詰められて行く。
だが、ついに逃げ切れず、煉瓦塀を背にしたまま、身動きが取れなくなってしまった。
ギータが再び口を開いた。
「降参しても良いぞ」
すると、ゾイアはまたニヤリと笑った。
「それはこちらの科白だな」
「容赦はせん!」
言いざま突き出されたレイピアが、ゴスッと音を立てて止まった。
ゾイアが、両手で持った一個の煉瓦を自分の顔の前に出したため、そこにレイピアが突き刺さったのだ。
「くそっ!」
レイピアを抜こうとギータが引くのを待っていたように、ゾイアはその煉瓦を怪力で押した。
さすがに腕力の差は歴然で、レイピアの柄頭がギータの胸を打った。
「ぐふっ!」
ギータの小さな体がコロコロと転がったが、すぐに立ち上がり、嬉しそうに笑った。
「まさか、壊れかけの煉瓦塀が武器になるとは、思わなんだわい」
「いや、こちらこそ、試合が始まるまでレイピアを両手で扱っていたのが罠とは、全く気がつかなかったぞ」
「ふふん。わしの体格をみて、誰しもレイピアを片手で持てるとは思わん。そこが狙い目よ。両手と片手では、全く間合いが違うからな。いつもは目を突くと見せて、思い切り横っ面を叩いてやるのに。あの状態であっさり剣を捨てる奴など、初めて見たぞ」
ギータは声をあげて笑った。
「武器に執着しないのが、われの剣術の極意でな」
そう言って、ゾイアも笑う。
漸く、もう試合は終わったのだとわかったロックの、息を吐く音が大きく響いた。
ゾイアは笑顔のまま「で、仕事はどうする?」と訊いた。
「引き受けざるを得んなあ。恐らく大変な仕事だろうがな」
ゾイアも真顔に戻り、「すまん」と頭を下げた。
「ある人の行方を探して欲しい。ガルマニア帝国に滅ぼされた新バロード王国の、ウルス王子だ」
「な、何だと!」
そのウルスは、アーロンの傅役シメンの砦で軟禁状態だった。
個室は与えられていたが、常に見張り役が立ち、一切自由がない。
アーロンが何度か執り成そうとしてくれたのだが、魔女の惧れがあると言って、シメンは頑として譲らない。
アーロンは目下のところ、クルム城の補修や失った人員の補充などで多忙を極め、シメンの説得に時間を割けないでいた。
そのため、最低限身の安全だけ約束させ、ウルスのことはシメンに任せっ切りになっている。
たまに顔を出す度に、そのことをウルスに詫びていた。
ウルス自身は、それもまた亡国の王子の定めと諦めていたが、ウルスラは違った。
「ひどすぎる仕打ちだわ。これじゃ、罪人扱いよ!」
顔が上下し、瞳の色がコバルトブルーに変わった。
瞬間的に、ウルスに人格が交替したのだ。
「仕方ないよ。カルボン卿の傭兵や、ガルマニア帝国軍に追われるより、ずっとマシさ」
再び顔が上下した。
「あんたには誇りはないの! わたしたちはバロード王家の世継ぎなのよ!」
また瞳の色が変わる。
「しっ、声が大きいよ。見張り役に聞こえると厄介だ」
その時、見張り役がいつも立っている辺りで、ドサリと人が倒れるような音がした。
「な、何だろう」
ウルスが怯えた声を出したため、ウルスラに替わり、音のした方の扉を睨んだ。
と、スーッと扉が開き、全身黒尽くめで、両目以外顔まで黒い布で覆っ人物が入って来た。
手に何本も刀子を持ち、いつでも投げられるよう構えている。
「ウルス王子、一緒、来て、もらう」
その刹那、ウルスラの手から見えない波動が迸った。