表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
198/1520

190 小国の苦悩

 中原ちゅうげんすべて内陸であり、海に面しているのは、アルアリ大湿原だいしつげんとその南のスーサス山脈によって中原からへだてられた沿海えんかい諸国のみである。

 したがって、海軍というものは沿海諸国にしかなく、かろうじて最近になって、北方警備軍がゾイアの肝煎きもいりで河軍かぐんとでもうべきものをつくったぐらいであった。

 もっとも、沿海諸国の海軍の仮想敵かそうてきは海賊であり、そのため各国が所有する船も少ない。

 そこで、大掛おおがかりな海賊を相手にする時は、その都度つど各国が船を供出きょうしゅつして、『連合警備船団』を形成してことに当たっていた。

 沿海諸国の間では利害が一致することの方が多く、国同士が戦争にいたほど対立することもなかったため、今迄いままでは本格的な海戦かいせんが起きたこともなかった。


 前回、マオール帝国製の黒い軍用船四かんがガルマニア帝国軍のはたかかげて来航らいこうした際にも、『連合警備船団』を出そうとの提案はあったのだが、いたずらに相手を刺激しない方がいいとの意見が多く、立ち消えとなった。

 この時は、ウルスがみずから進んで人質となってガルマニア帝国側に身をまかせたことにより、何ら実害をこうむることもなく、軍用船は去っていった。

 だが、今回、来航したマオール船は十隻じゅっせきを超え、ガルマニアの国旗も出していない。

 しかも、その要求は無法ともえるものであった。

 沿海諸国に一定の自治権を認めるものの、基本的にはマオール帝国の支配下に置くという、一方的な属国化宣言を突き付けて来たのである。


 カリオテの大公宮たいこうきゅうでは、人のさそうなスーラ三世が苦悩くのうの表情で頭をかかえていた。

 その前には、ツイムの次兄じけいファイムが片膝かたひざをつき、これもしぶい表情で、「掛け合ってみましたが、沿海諸国の他の国はまったおよごしで、話になりません」と告げた。

 スーラ大公は顔を上げ、今は提督ていとくとなったファイムにすがるようにいた。

「どこか仲裁ちゅうさいしてくれる外国はなかろうか?」

 この場合の外国とは、沿海諸国以外の国という意味である。

 ファイムは顔をしかめて首を振った。

「ガルマニア帝国はマオールと同じ穴のむじな、新バロード王国は再建されたばかり、辺境伯へんきょうはくはその新バロード王国と対立中、他の中原の国は小国ばかり。とても無理です」

 だまった二人のもとへ、来客が知らされた。

 ダフィネはくが面会を求めているという。

 沿海諸国で最も古い小国ダフィネは、今は伯爵領であり、元首げんしゅは伯爵であった。

 スーラ大公は首をかしげた。

「はて、トラヌス伯爵はくしゃく今時いまどき何の用であろう? まあ、よい、お通しせよ」

 ファイムが「わたしはご遠慮しましょうか?」とたずねたが、大公は少し考え、念のため残るよう命じた。


 やがて大公の部屋に入って来たのは、年齢がわからぬ程にせてしわだらけの老人であった。

 スーラ大公は「まあ、お掛けくだされ」と椅子をすすめた。

 気をかせたファイムがささえる椅子にヨロヨロと座ったが、息が切れたらしく、しばらくゼイゼイといいながら呼吸をととのえていた。

 大公が小姓ペイジに命じ、小さなカップにぬるめの薬草茶ハーブティーを入れて持って来させ、それをファイムがゆっくり飲ませた。

 ようや人心地ひとごこちがついたように、トラヌス伯爵は口をひらいた。

「ふーっ、お手間てまを掛けてすみませぬ。わがはいも三百歳を超えてから、どうも身体からだにガタが来ておるようです」

 スーラ大公は、一瞬だが、今の苦境くきょうを忘れ、微笑ほほえんだ。

「いやいや、長命メトス族の御子孫はおうらやましい。など五十を過ぎたばかりですが、もうおとろえを感じておりますよ。して、態々わざわざお出でいただいた御用ごようのむきは?」

「うむ。此度こたびのマオール帝国の横車よこぐるまの件でございますが、わがはいよりご提案したいことがございます」

 大公は、思わず皮肉なみが浮かびそうになるのをこらえ、少し大袈裟おおげさ相槌あいづちを打った。

「おお、うかがいましょう」

 伯爵はもう一口ひとくち薬草茶を飲み、咳払せきばらいをした。

「おほん。ええ、このたびのマオール帝国の言い掛かりともうべき要求は、一切いっさい受け入れる必要ござらん。まことしからん!」

 大公は、つい苦笑した。

「まあ、本音ほんねはそうですが、かと言って有効な対抗手段もなく」

 伯爵は大きくかぶりを振った。

「ありまする!」

 スーラ大公は、激しい伯爵の声にやや気圧けおされた。

「ほう、それは如何いかにして?」

 トラヌス伯爵は、大きく息を吸った。

「ガルマニア帝国に助けてもらうのです!」

 横で聞いていたファイムが、見かねて割り込んで来た。

「いやいや、それは無理でございますよ、伯爵。マオールとガルマニアは同盟関係。今回のことも、同意の上と思いますが」

 伯爵の顔が怒りでみるみる真っ赤になった。

だまらっしゃい! そのようなことは百も承知しょうち! わがはいは阿呆あほうではないわ! むしろガルマニア帝国の方に従いたいと言って、マオール帝国を牽制けんせいするんじゃ! これは、両帝国を天秤てんびんにかける、反間苦肉はんかんくにくさくなのじゃ!」



 だが、そのガルマニア帝国をひきいる皇帝ゲールは、新帝都ていとゲルポリスの建設に没頭ぼっとうしており、他の事には関心がないようだった。

 それだけではない。本来なら入って来るはずの外部の情報が、何者かによって巧妙こうみょう遮断しゃだんされていた。

 したがって、ブロシウスが自分のめいそむいて反転して来ていることを、ゲールはいまだに知らずにいる。


 かつて魔道師のみやこと呼ばれたこの都市に数多く残っている塔の一つを改装し、ゲールは仮の居館きょかんとして移り住んでいた。

 今日も都市計画の図面をかずにながめるゲールの横に、利発りはつそうな少年がいた。

 お気に入りの三男、ゲルヌである。

 父譲ちちゆずりの赤い直毛を短めにり込んでいる。

 その横顔は、父に似てハッとするほど秀麗しゅうれいであった。

「父上、これでは防御ぼうぎょが弱過ぎませんか?」

 首をかしげるゲルヌの問いに、他の者には決して見せないやさしい笑顔でゲールは答えた。

「良いところに気づいたな。だが、これでいいのだ。この新しい都は商業の中心ともするつもりだ。そのためには、開放的でなければならん。防御は、帝国全体ですればよいのだ」

 自信に満ちて笑うゲールは、それが自分の命取りになりかねないとは、思ってもみないようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ