184 情報交換
口を塞がれたまま、クジュケは頷いた。
フードの男が、ゆっくりと手を離す。
すると、クジュケが喋る前に、部屋で待っていたボップ族が先に話し掛けてきた。
「ふむ。前を切り揃えた銀髪に、やや尖った耳か。わしの知識が間違っておらねば、おぬしは元魔道師の参与クジュケどのではないかな?」
クジュケも相手が敵対するつもりがないことがわかったようで、微笑んだ。
「参与も、元でございますよ。よろしければ、腹を割って話しやすいように、この部屋に結界を張りましょうか?」
後ろに立ったままのフードの男が、「おお、お願いする」と頼んだ。
まだ部屋の外にいたカリオテ人の男にも中に入ってもらい、クジュケは念入りに結界を施した。
「もう大丈夫です。それでは、改めてまして。わたくしはバロード共和国元参与のクジュケと申します。現在は、辺境伯領に亡命されたニノフ殿下のお手伝いをしております」
クジュケの自己紹介を受けて、フードの男が顔を見せた。
やはり、ゾイアではなかった。
瞳の色が鮮やかなコバルトブルーで、髪も輝くような金色であった。
「ご丁寧な挨拶、痛み入る。人目を避けるため、無礼な対応をして、すまなかった。わたしはタロス、そして、クジュケどのが気づかれたように、あちらにおわすのがウルス王子殿下だ。それから、共に旅をしているボップ族のギータと、元北方警備軍のツイムだ」
クジュケはリゲスと間違ってしまったカリオテ人が、元北方警備軍と聞いて驚いた。
「先程は失礼しましたが、カリオテ人で北方警備軍とは珍しいですな」
ツイムは苦笑した。
「色々事情がありましてね。マリシ将軍に拾われました」
「おお、そうでしたか。直接お目に掛かったことはありませんが、マリシ将軍は懐の広い豪傑と伺っております。ですが、お嬢さまは、ちょっと、その」
言い澱むクジュケの困った顔を見て、ツイムが噴き出した。
「あっはっは。あんたも、姫御前に怒られたんですか?」
「まあ、わたくし自身はそれほど激しくではありませんが、同じ北方警備軍のペテオどのなどは、かなり」
いきなり人違いをされて少し蟠りがあったようなツイムも、一気に打ち解けた顔になった。
「なんと懐かしい名前を聞くものだ。哨戒兵のペテオにも、随分会ってないなあ」
場が和んだところで、ギータが提案した。
「まあまあ、立ち話も何じゃ。座ってゆっくり話そうではないか。わしが薬草茶を淹れよう」
タロスとツイムで食事用テーブルを中央に寄せ、クジュケに一時的に結界を解いてもらって、予備の椅子やカップなどを借りて来た。
ギータが薬草を煮出す間、ずっとクジュケに話し掛けたい様子だったウルスが、思い切ったように尋ねた。
「あの、違っていたら、ごめんなさい。クジュケさんって、妖精族?」
「おお、よくご存知ですね。もっとも、わたくしは八分の一だけの混血ですから、所謂神通力などはありません。まあ、魔道の修行をする時、多少は有利だと言われましたが。それにしても、アールヴ族はほぼ絶滅しかけていて、個体数もほんの僅かのはずです。もしや、出会ったことがおありなのですか?」
「うん、あ、はい。言っちゃっていいのかどうかわかりませんが、プシュケー教団の」
ウルスがそこまで言ったところで、クジュケが「おお」と唸った。
「曾祖父さまとお会いになったのですね」
「え?」
「そうなのです。わたくしの言った八分の一とは、曾祖父サンサルスの血なのです。尤も、わたくし自身は信徒ではありませんが」
「でも、年齢が、あ、ごめんなさい」
サンサルスの父親と言っても通りそうなクジュケの風貌を見て、ウルスはついそう言ってしまったのだ。
だが、サンサルス自身が、本来は骸骨のような姿になっているのを見せてくれたのを思い出した。
クジュケもその辺りの事情はわかっているらしく、微笑んだ。
「ちっとも構いませんよ。実際、アールヴ族の血が薄まるほど寿命も短くなり、わたくしぐらいになると、もう普通の人間と然程変わりませんよ」
そこへ、ギータが戻って来た。
「では、その寿命を少しでも伸ばせるよう、わしの薬草茶を飲んでくれ」
「おお、それは是非」
皆が一口ずつ飲んだところで、クジュケが短かった共和国の歴史を簡単に説明した。
そして、その後のニノフの状況と、行方不明のゾイアを捜していることも。
タロスがフーッと息を吐いた。
「ニノフどのには、わたしも本当に良くしていただいた。できることは何でも協力して差し上げたい。それにしても、わたしが記憶を失くしている時に、一度ゾイアどのには会ったらしいのだが、改めて、わたし自身としてじっくりお話しがしてみたいものだ」
「無論、ゾイア将軍もそれを望まれるでしょう。そのためにも、一刻も早く見つけなくては。見つかり次第、タロスどのにもお知らせしますよ。ところで、この後、どこへ行かれるおつもりでしょうか?」
タロスは「ああ、そうでした」と笑った。
「王子やギータにも伝えようと思いながら、忘れておりました。実は、取り敢えず国内の様子を見ようと、廃都ヤナンを目指していたのですが、国境警備があまりに厳重なため、ずっとここで足踏みをしておったのです。ところが、今日、ツイムと一緒に行ってみると、この宿場の正面だけ国境警備の兵がいなくなっているではありませんか。どういう事情があったのかわかりませんが、今のうちにそこから入ってみるつもりです」
クジュケは、急に大きく首を振った。
「いけません!」