183 縺れた糸
ゾイアを捜す旅に出た元共和国参与のクジュケは、道すがら『荒野の兄弟』の首領ルキッフから必要な情報を聞き出すと、中原に入ったら別行動をとりたいと申し出た。
「なんでえ、おれと一緒に旅すんのは厭なのか?」
冗談めかして笑うルキッフに、クジュケは生真面目に答えた。
「いえ、そんなことはありません。あなたは見かけによらず礼儀正しく、物事の道理のわかるお方です。あの、うるさい北方警備軍の副将より、随分とマシです」
ルキッフは苦笑した。
「ヤな褒められ方だな。まあ、いいけどよ。じゃあ、別々に行くってのは、何故なんだい?」
「目立ちすぎるからです。わたくしのこの耳だけでも注目されるのに、あなたは片目に黒い眼帯をしている。わたくしは魔道師のマントを羽織り、あなたは野盗風の、というか、そのものの服装。こんな組み合わせは、普通にはあり得ません」
ルキッフは肩を竦めた。
「なるほどな。じゃあ、仕方ねえ。スカンポ河を渡ったら別れよう」
二人が中原に入り、別行動をとる直前に、ルキッフの手下から緊急の連絡が入った。
「尖がり耳の旦那、最新の情報だ。バポロの野郎、連れていた擬闘士を昔馴染みのリゲスってカリオテ人に売り飛ばしたらしい。顔に大きな刀創がある男だ。おれも、それ以上のことは知らねえ」
「ありがとうございます。手始めに、ゾイア将軍が最初に向かわれたという廃都ヤナンの近くから調べてみます」
ルキッフは心配そうに眉を曇らせた。
「そいつは、どうかな。徒でさえガルマニア帝国軍が接近して来てるからバロードの東側国境は緊張してる上に、旦那は面が割れてるだろう?」
「わたくしは外交が専門ですから、一般の国民や兵士は、わたくしの顔など知らないでしょう。それに、いずれにせよ、国内に入るつもりはありません。バポロにせよ、そのリゲスにせよ、バロード国内では商売ができないでしょうから、緩衝地帯に出たはずです。ヤナン近くの国境の外で宿屋などを調べたら、足取りが掴める気がします」
ルキッフはグッと眉を上げた。
「なら、いいけどよ。だが、決して無理はするなよ。旦那はニノフ殿下の一派に必要な人材だ。勿論、ゾイア将軍も大事だが、旦那までいなくなったら、こっちに勝ち目はねえ」
しかし、クジュケの決意は揺るがなかった。
「いえ、わたくしよりも、ゾイア将軍が要です。必ず、連れ戻します」
「頑固だな。まあ、そこが旦那の取り柄だが。精々気をつけてくれよ」
礼を告げてルキッフと別れ、クジュケは、バロードの南側に回り込んでヤナン近くの緩衝地帯に入った。
ここまで来ると、ガルマニア帝国軍の動きの不自然さがよくわかった。
いつ開戦してもおかしくない位置で、ジッと固まっているのだ。
「これは、もしや、内通では? ああ、いや、今はそんなことを考えている場合ではないぞ」
珍しく独り言ちながら、クジュケは近辺の宿屋を当たってみた。
すると、すぐにそれらしい情報が入った。
巡礼用のフードでスッポリと顔を隠した体格のいい男と、後ろ暗いところがありそうな仲間が一緒に泊まっており、その一人はどうもカリオテ人だという。
クジュケも中原に入ってからは巡礼の服装に変えていたが、念のため隠形術で姿が見えないようにして、その宿に行ってみた。
ちょうど、外から帰って来たらしい、フードを被った男の姿が見え、その体格や、チラリと見えた顎の線などは、正にゾイアと思われた。
しかも、すぐその後から、明らかに沿海諸国の顔立ちをした男が歩いて来た。
ルキッフが言っていた刀創は見当たらなかったが、顔ではなく身体だったかもしれないと思い直した。
フードの男が先に宿に入ってしまったため、クジュケは思い切って、後ろの男に接触してみることにした。
隠形を解き、旅の巡礼風の服装を見せつけるように、男の前に立った。
警戒させないよう、フードは被らず、顔が見えるようにした。
「申し訳ございませんが、人を探しております。もしや、お手前は、カリオテのお方ではございませんか?」
相手がハッと動揺したため、クジュケは畳み掛けた。
「一緒にいるのは、ゾイアどのか!」
「な、何故その名を」
「やはりそうか! おまえがリゲスだな!」
「ち、違う。誤解だ」
クジュケが、相手の態度に少し違和感を覚えていると、フードを被った男が出て来て手招きした。
「人目につく。取り敢えず、中に入られよ」
穏やかにそう言う声は、ゾイアのようでもあり、違うようでもあり、迷いながらも、クジュケはスッと中に入った。
ゾイア本人かどうかともかく、声の印象は『信頼するに足る人物』と思えたのだ。
建物の中に入ると、フードの男は「わたしたちの部屋で話そう」と言って、ズンズン進んで行く。
クジュケは気圧されたように、後に続いた。
部屋の前まで来ると、男が扉を開け、「どうぞ」と先に入れてくれた。
そこは大人数用の部屋で、中で子供が二人待っていた。
いや、一人は子供ではなく、ボップ族のようであった。
そして、もう一人は……。
「ウル」
クジュケの口は、フードの男の分厚い手で塞がれていた。
しかし、乱暴な感じではなく、落ち着いた声で囁かれた。
「その名を口にされぬよう、お願い申し上げる」