表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
189/1520

181 死者の群れ

【おことわり】

 今回のエピソードではンザビ(一般的な言い方ではゾンビ)との戦いを描く都合上、どうしても残酷な描写が多くなってしまいました。また、この時期にいかがなものかと思う部分もありますが、物語の中での必然性なので、どうかお許しください。もし、ご不快に思われるようでしたら、このエピソードを飛ばしていただいても大丈夫です。後のストーリーとのつながりは、問題がないようにいたします。

 北方警備軍の最高責任者である将軍マリシは、北長城の楼台ろうだいへ続く昇降塔しょうこうとうへ、騎乗きじょうのまま入った。

 塔の内部は、ゆるやかな螺旋状らせんじょう斜面スロープになっており、そこを馬で駆けがって行く。


 屋上に附設ふせつされた楼台に到着すると、馬をさくつなぎ、楼台のとびらひらいた。

 寒さで息が白くなる。

 その位置からは、遠くの方にキラキラとかがやく結晶の森が見えるが、マリシは見慣みなれており、目もくれない。

 すでに戦闘中の大勢の兵士たちに「ご苦労!」とだけ声を掛けた。

 兵士たちも、ちゃんと答礼とうれいするような余裕はなく、軽くうなずくだけだ。

 マリシは、そのまま速足はやあしで長城の外壁のそばまで近づくと、胸壁きょうへきから身をり出すようにして下をのぞき込んだ。

 そこには、見るだにおぞましい光景が広がっていた。

 外壁にはおびただしい数の腐死者ンザビが張り付き、うごめいているのだ。

 まともな形状をとどめているものは少なく、片腕がないもの、首がないもの、両足がないものなど、死体の損壊そんかいはなはだしい。

 その理由はすぐにわかった。

 ンザビの身体からだに血のように赤いかたまりいくつもぶらがっており、モゾモゾと動いている。

 外壁のすぐ外のほりで放しいにされている人喰ひとくザリガニガンクである。

 今までは有効なンザビ対策であったが、これだけ大勢が一度に来ては、とても対処しきれなかったようだ。

 ガンクが何匹らいつこうが、ンザビたちは一向いっこうに気にする様子もなく、平然と壁を登って来る。

 北方警備軍が上から散々さんざん矢をはなっているのだが、たいしてき目がない。

 針鼠はりねずみのような状態になっても構わずがって来るのだ。

 当然、ンザビたちは無言むごんであり、互いの意思疎通いしそつうもないはずだが、長城の上にえさがあることだけはわかるのであろうか。


 マリシは豪傑ごうけつめいた顔をゆがめ、うなった。

「いかに北方では瘴気しょうきが強く、ンザビは昼間でも動けるとはいえ、何故なにゆえ一糸乱いっしみだれず外壁を登って来るのだ! 誰かがこやつらをあやつっているのか? ああ、いや、今はそんなことを詮索せんさくしている場合ではないな。うむ、そうだ。誰か、火矢ひやを持ってこい!」

 すると、近くにいた兵士が悲しげに首を振った。

駄目だめです! 寒すぎて、火がきませんでした!」

「そうなのか。だが、どうすれば……」

 救いを求めるように視線を彷徨さまよわせたマリシの目に、最近できた地上から楼台まで人を乗せて運ぶ昇降機しょうこうきの扉が開き、汗だくの太った男が出て来るのが見えた。

 男は大きな木桶きおけのようなものをかかえている。

「おお、ヨゼフではないか! ここは危ないぞ! 下で待っておれ!」

 工兵エンジニアのヨゼフは「うう」と言いながら首を振った。

 言葉が不自由なのである。

 しかし、ヨゼフの抱えている重そうな木桶から、鼻をつく刺激臭しげきしゅうただよってきたため、マリシはハッと気づいた。

「そうか! ゾイアたちが北方で見つけたという石油いしあぶらだな! よし! 皆の者、この石油を火矢にって火を点けよ! 急げ!」


 マリシの呼びかけに、続々と兵士が火矢を持って集まり、やじりの根元に巻いてある襤褸ぼろに石油をみ込ませた。

 それに火打石フリントで火を点け、一斉いっせいかまえた。

「よーし! はなて!」

 火矢は次々にンザビに当たったが、何しろ数が多すぎる。

 燃えている仲間を乗り越えて登って来るのだ。

「くそっ! これじゃ、らちがあかんな」

 あせるマリシの横で、ヨゼフは大きな木のつつを取り出した。

 筒の一方のはしふさがれているが、真ん中に小さな穴がいている。

 もう一方の端は全部開いており、その内側にピッタリはまる襤褸のかたまりに細いぼうが付いたものを差し込んだ。

 グッと中まで押し込むと小さな穴の方を木桶の石油にける。

 その状態で細い棒を引くと、木桶の石油はスーッとった。

「おお、そうか! それで直接ンザビへかけるのだな。しかし、いくらなんでも、おまえ一人では」

 ヨゼフは「うう」と言って首を振り、昇降機の方をあごしめした。

 ちょうど、同じ木の筒を抱えた工兵たちが大勢上がって来ていた。

「うむ。いいぞ、ヨゼフ! ンザビに目にもの見せてやれ!」


 ヨゼフを始め、工兵たちが石油を噴射ふんしゃし、そこへさらに火矢が飛んだ。

 モクモクと黒煙こくえんが上がってくる。

 そのにおいもすさまじい。

 それでもンザビの何体かは、すぐそこまで登って来ていた。

「ヨゼフ、もうよい! がっておれ! 工兵たちもだ!」

 そう叫ぶと、マリシは愛用の大鎚ウォーハンマーを手にした。

 通常のものよりが長く、つちの部分も大きい。

「さあ、ンザビめ! わしがたたき落してやるわ!」

 ちょうど胸壁を乗り越え、屋上にがって来ようとしていたンザビに、マリシの渾身こんしん一撃いちげき炸裂さくれつした。

 ンザビの体がバラバラにくだけて落ちて行く。


 同じような光景が長城の各所で見られたが、やはり、何箇所なんかしょかは防ぎきれず、ンザビが上がってしまった。

 それには、残っていた工兵たちが果敢かかんに石油をびせ、やしていった。


 激闘げきとうは夕方近くまで続き、このまま日没にちぼつになればンザビがいきおいを増してしまい、危険な状態になったであろうが、かろうじてその前に決着がついた。

 戦い続けて倒れ込みそうになりながら、マリシは「勝鬨かちどきを上げよ!」と命じた。

 いつものような元気がなかったが、皆生きびた喜びにあふれる声であった。

「それにしても、何故なぜこんなことになったのだ?」

 いぶかしげに薄暗うすぐらくなった北の空を見上げるマリシの目に、不吉な予兆よちょうのように禍々まがまがしくれる緑色の極光オーロラが見えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ