179 大義
最初から同じ薄い長衣のような衣装を身に纏っているのだが、ドーラの時とも、ドーンの時とも、雰囲気が違っていた。
正に、聖王という風格である。
ブロシウスは、その威に打たれたように跪いた。
しかし、若い頃の姿となったアルゴドラスは、自嘲するように笑いながら話した。
妄執だとは、自分でもわかっておる。
ダフィニア滅亡後、余は、当時まだ未開の地であった中原に理想の国を創ろうと考えた。
そして、それはほぼ完成に近づいていた。
北方の脅威は看過できなかったが、王国そのものは何千年も安泰であろうと思っていた。
だから、未来を覗いたのは、確認作業のつもりであった。
それが千年も保たずに滅び、剰え、その後に続く千年の戦乱もいつ果てるともわからぬとは。
余は悩んだ。
こうならぬよう、エイサに託したはずの聖剣は、使う者もなく、ただ宝物のように保管されているだけだ。
これは多少介入すべきと思い、マカという魔道師に接触した。
聞いていたブロシウスは、ハッと顔を上げた。
「では、もしや『マカの予言書』はあなたさまが」
いや、直接書いた訳ではない。
余自身の亡霊になりすまし、示唆を与えたのだ。
だが、エイサの長老たちの判断は、マカの破門であった。
それに、縦しんば聖剣をエイサの外に持ち出せても、余の子孫たちは血が薄くなり過ぎて、最早聖剣の力を引き出せそうもなかった。
そこで、余は決心したのだ。
無能な子孫たちの血を入れ替えようとな。
その後の経緯は、おまえの方が詳しかろう。
ブロシウスは、無意識に止めていた息を吐いた。
「そうでありましたか。それがわかっておれば、わしもカルス王の軍師となったものを」
アルゴドラスも、後悔を滲ませた。
「本当にそうであったなら、カルボン如きに足を抄われることもなかったであろうに。しかし、言っても詮なきこと。多少遠回りとなったが、これから修正すればよい」
ブロシウスは、迷いを振り払うように大きく頷いた。
「全ては盤石な泰平の世を開くという大義ため。喜んで、裏切り者の汚名を引き受けましょう」
ブロシウスは立ち上がり、その手をアルゴドラスが両手で包んだ。
「おお、やってくれるか!」
「はい! 敵は、新帝都ゲルポリスにありまする!」
その時、アルゴドラスの手に、フッと一瞬だけ指輪のようなものが現れ、誰にも気づかれぬまま消えた。
その頃、一旦辺境伯領に渡ったニノフたちは、失踪したロックを捜しに行ったまま、一向に戻って来ず、何の連絡もないゾイアに気を揉んでいた。
特に副将のペテオは、居ても立ってもいられないようで、ことあるごとに自分が迎えに行くとゴネた。
いつもキチンと整えていた口髭もボサボサに伸びている。
「チクショー、やっぱりおれが大将の代わりに行くべきだったんだ! もう待てねえ! 誰が止めたって、おれは行くぜ!」
今後の機動軍とニノフたちの処遇をめぐる会議の席上である。
北方警備軍を代表しての意見を求められたペテオは、発作的にそう叫んだのだ。
大きめの円卓に、辺境伯アーロン、マーサ姫、元バロード共和国参与クジュケ、老魔道師ケロニウス、機動軍将軍ニノフ、怪我が癒えた機動軍副将のボローが居並ぶ中である。
進行役を務めていたアーロンが、「まあまあ、落ち着いて」と宥めたが、ペテオの怒りは治まらなかった。
「この際だから、失礼な言い方は許してくれ。これが落ち着いていられるかよ! これからの戦は何よりも情報が大事だと言って、細かい事でも連絡を欠かしたことのねえ大将が、もう二十日以上音沙汰なしなんて、あり得ねえんだよ!」
綺麗に切り揃えた銀色の前髪を揺らしながら、クジュケが首を傾げた。
そうすると、尖った耳の先が髪の間から少し覗く。
「もしかすると、手近に伝書コウモリがいないだけかも、おお、噂をすれば」
窓からヒラヒラと黒いノスフェルが入って来て、クジュケの前で留まった。
「おや? これはわたくしが『暁の軍団』の砦に飛ばしていた個体ですね。と、いうことは、そこまで着かれたということでしょう」
だが、ノスフェルの脚に結び付けられていた手紙を開いたクジュケの顔は、蒼白になっている。
「どうしたんだよ! 何が書いてあるんだよ!」
焦って聞くペテオに、クジュケは一つ息を吐いてから話した。
「砦に、記憶を取り戻したロックどのが現れたそうです。途中、誰にも会わなかった、と」
「何だと! あの野郎ふざけやがって! てめえのせいで、大将は、大将は……」
そのまま放心したように立ち尽くすペテオを、隣に座っていたボローが、「大丈夫だ。あの人なら、どんなことでも切り抜けるさ」と背中を撫でながら座らせた。
重苦しい沈黙を破ったのは、「遅れてすまねえな!」というややぶっきらぼうな声だった。
皆の注目が集まる中、黒い眼帯をした痩せた男が入って来た。
ワルテールの会戦で独自の戦いを見せた『荒野の兄弟』の頭領、ルキッフである。
「なんでえ、なんでえ、みんな腐死者みたいな面しやがって。まあ、いいけどよ。そんなことより、耳寄りな情報が入ったぜ。ワルテールのドサクサで逃げ出したバポロの野郎が、擬闘士を一人連れてたらしいんだが、そいつの目の色が珍しいアクアマリンだったそうなんだ」