表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
184/1520

176 無力化

 薄暗うすくらがりの空中に浮かんでいるのは、神官しんかんが着るような白い長衣トガを身にまとった男だった。

 そして、ゾイアが知っている相手のようであった。

「おまえは、カルボンか?」


 ゾイアは以前、場所も同じこの廃都はいとヤナンで、ガイ族の親子にしびれ薬をった刀子とうすされて動けなくなったことがあった。

 その状態で、当時は共和国総裁であったカルボンの前に連れて行かれたのである。

 その時は、偶々たまたまシャルム渓谷けいこくたたかいが勃発ぼっぱつしたため、その混乱にじょうじて逃亡した。

 その後、運命が二転三転にてんさんてんし、辺境伯へんきょうはくアーロンがバロード共和国と同盟関係となり、ゾイアのぞくする北方警備軍もその同盟に加わった。

 同盟国になったとはえ、一介いっかいの軍人であるゾイアと、一国の総裁であるカルボンが会う機会はなく、もし、相手が本当にカルボンなら、顔を見るのはこれが二度目ということになる。


 ガイ族の親子が連れて来たゾイアを、露台バルコニーから見下ろしていた時もせた男であったが、今はさらいだようにほほがこけていた。

 しかし、それ以上に違うのは、目であった。

 全体が真っ赤に光っている。

 憑依ひょういされていた時のロックと同じであった。

 空中に浮かんだまま、その目でゾイアを観察するように見ていたが、その手には、黄金と宝石で見事みごと装飾そうしょくされた短剣のようなものを握っている。

 ゾイアは知らないが、『アルゴドラスの聖剣』であった。

 その口から、異様にしゃがれた声が聞こえてきた。

「カルボン、というのは、確かにこの男の名のようだ」

「ほう。では、今しゃべっているのは誰だ?」

「われらは魔道神バルルつかえる神官だ」

 その言葉に応じるように、赤い目をした人間が十数名下から飛んで来て、ゾイアを取り囲むように空中に浮かんだ。

 皆色が白く、髪の毛もまゆもないツルリとしたはだをしている。

 ゾイアはおそれるふうもなく、平然と見返した。

「赤目族とやらか。すまぬが、今はおまえたちにかまっているひまはない。朋友ともの危機なのだ。早く地上に戻してくれ。まあ、いやだと言われても、戻るがな」

 ゾイアは立ち上がり、上着をいで上半身はだかとなって、深呼吸した。

 その呼吸に合わせるように、肩甲骨けんこうこつあたりに二つの突起とっきあらわれる。

 突起はみるみるうちに大きく伸び、そこに羽毛うもうのようなものが生えてきた。

 わしたかのような猛禽類もうきんるいの羽根のようだが、勿論もちろんその何倍も大きい。


「待て!」

 あわてたように、カルボンの身体からだに憑依した神官がめた。

「ロックとかいう若い男のことなら、心配ない。精神融合せいしんゆうごう後遺症こういしょうで一時的に記憶喪失アムネジアになっているが、間もなく記憶は戻る。自分のことを思い出せば、大人しくつかまっているような男ではない」

 この状況だが、ゾイアは苦笑した。

「あいつが大人しくないのは事実だ。だが、ちゃんと記憶が戻ったかどうか、この目で確かめたい。おまえたちに興味はあるが、また会うこともあるだろう」

 ゾイアがつばさをはためかせ始めると、カルボンに憑依している神官が、握っている聖剣を抜いてかまえた。

「待てと言っておる!」

 すると、今にも飛び立とうとしていたゾイアの動きがにぶくなってきた。

 翼のはためきがゆっくりになり、みるみるちぢんで小さくなって肩甲骨に吸収されるように消えた。

「こ、これは?」

 神官は、カルボンそのもののように底意地そこいじの悪そうな笑顔を見せた。

「このために、この男の身体からだを手に入れたのだ。多少はアルゴドラス聖王の遺伝子が残っているからな。それを強化し、訓練をませた。それでも、使えるのはようや干渉機かんしょうきの持つ力の一割程度だが」

「よせ! われはロックのところに行かねばならんのだ!」

「そうはいかぬ。皆で話し合って決めたのだ。おまえの存在が、本来の歴史の進行にひずみをしょうじさせているうたがいがある。よって、当分のあいだ、おまえを無力化する。記憶を抑圧よくあつし、変身能力を制限させてもらう。すべてはバルルのおぼしだ」

「やめろ!」



 その頃地上では、放棄ほうきされた廃屋はいおくの中に、バポロが一人で座っていた。

 ロックが近所の農家に頼み込んで手に入れた葡萄酒ぶどうざけ手酌てじゃくで飲みながら、バポロはまた鼻を赤くしている。

「なんかツマミが欲しいな。おーい、ちょっと来い!」

 と、廃屋のとびらがドンとけられ、憤然ふんぜんとした様子でロックが入って来た。

「チクショーめ! 思い出したぞ、この悪党あくとうめ! よくもおいらをだましてくれたな!」

 バポロは椅子からび上がるように立った。

「ま、待て。話を聞いてくれ。おまえが記憶をくしてフラフラ歩いていたから、が、あ、いや、おれが助けたんだ。その時、お財宝たからがあるところを知ってるって、おまえが言うから」

 ロックはダンッとゆからした。

「うるせえ! それをいいことに、おいらを奴隷どれいあつかいしやがって! 許せねえ!」

 バポロはガバッと土下座どげざした。

「すまねえ! ちょっとしたんだ。わりに、おれをき使ってくれてかまわない。い、生命いのちばかりは勘弁かんべんしてくれ!」

 それ以上ロックがめていたら、バポロはいつものように失禁しっきんしていただろうが、ロックもあせっているようだった。

「もういいよ! こんなところでおまえに構ってる暇はねえんだ。おいらがいなくなって、みんなが、特にゾイアのおっさんが心配してるはずだ。一刻いっこくも早く戻らなきゃならねえんだ。おまえはもう好きにしろ!」

 偶然にもゾイアと同じような科白せりふを言い捨てると、ロックはバタンと扉をめて出て行った。


 しばらく土下座のまま固まっていたバポロが、もう大丈夫だろうと顔をげると、トントンと扉をたたく音がした。

「あっ、すまねえ。なんか忘れ物があるなら、言ってくれ。すぐに持って行くから」

 ロックが戻って来たと思ってあわてるバポロだったが、外から聞こえて来たのは別人の声であった。

「すまぬ。ここの住民であるなら、教えて欲しい。ここはどこなのだ? そして、もし、知っているならきたいのだが、われは誰であろう?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ