表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
182/1520

174 聖魔王(2)

 アルゴドラスはフッと話をめ、サンジェルマヌスにたずねた。

「おまえは昔のを知っている。記憶の彼方かなたかもしれぬが、今の余をどう思う?」

 サンジェルマヌスは鼻の頭にしわを寄せた。

「正直に言うぞ」

「ああ、かまわん。思ったとおり、言ってくれ」

「昔のおまえは本物の英雄えいゆうじゃった。時に苛烈かれつな言動はあっても、皆に尊敬されておった。じゃが、今のおまえは、悪党あくとう親玉おやだまにしか見えん。お気の毒だが、そこで固まっておる、おまえの息子もそうじゃな。エイサの長老たちが聖剣を渡さなかったのは、カルス王に邪悪じゃあくにおいをいだからじゃというぞ」

 アルゴドラスは肩をすくめ、話を続けた。


 余は、バロード王家の血を入れえるため、若い女性の姿になって、当時はバローニャこうであったピロスに近づき、まんまとその子を身籠みごもった。

 しかし、ピロスにはきさきの生んだ三人の男子がいた。

 ピロスが死んだ時、息子のカルスを王位にかせるため、少々強引な方法をった。

 簡単に言えば、三人を始末しまつしたのだ。

 まあ、そのこともふくめ、余の倫理的りんりてき敷居しきい随分ずいぶんがったと思う。

 それが魔剣まけんの副作用なのだ。

『アルゴドーラの魔剣』も時空に干渉する力はあったが、元となった『アルゴドラスの聖剣』と違い、相手の精神を支配する力がなかった。

 そのわり、使用する者の心をやみに引き込むようなのだ。

 息子にも、その影響が徐々じょじょに出てきている。

 恐らく、他者たしゃの精神を制御する力が逆流しているのだと思う。

 おお、だから、副作用というより、反作用だな。

 魔剣は、それを使用する者の、精神的な自制力をゆるめる。

 つまり、悪いことをしても、あまり良心の呵責かしゃくを感じなくなるのだ。


 アルゴドラスの自己分析を聞いて、サンジェルマヌスはめ息をいた。

「今のおまえの言い方は、そうなったのがうれしいように聞こえるぞ」

 その指摘どおり、アルゴドラスは笑顔であった。

「そうかもしれん。今の余は、窮屈きゅうくつ倫理観りんりかんしばられず、自由だからな。しかし、それが無用な反発をまねいていることもわかっている。だからこそ、聖剣を取り戻さねばならんのだ。聖剣さえあれば、最早もはや誰も裏切らず、誰も逆らうことはできないからな」

 アルゴドラスの悪魔じみた笑顔を、サンジェルマヌスはかなしそうに見ていたが、あきらめたように首を振った。

「残念だが、それをめる力も寿命じゅみょうもわしにはない。そうなった時に、おまえや、おまえの息子に、少しでも良い心が残っていることを願うばかりじゃ。間もなく術をくが、あの世への土産みやげに、わしの我儘わがままを聞いてくれぬか?」

「ほう。よかろう。願いは何だ?」

 サンジェルマヌスは、この状況ではあったが、少しれたように、顔を赤らめた。

「最後に一目ひとめ、アルゴドーラにいたいんじゃ」

 アルゴドラスはニヤリと笑った。

「そうか。おまえは妹にれておったな。しばし、待て」

 アルゴドラスは目を半眼はんがんにし、ゆっくりと深呼吸した。

 ごつい筋肉質な身体からだの線が、徐々じょじょやわらかな曲線に変わり、銀色の髪が伸びて来た。

 一旦いったん、ドーラと名乗るいつもの美熟女の姿となったが、変化は止まらず、どんどん若返っていった。

 カーンの女性形であるカンナよりも、さらに若い姿となり、髪の毛も金色に光りかがやいた。

 顔も、初々ういういしい美少女となり、微笑ほほえんだ。

「お久しぶりね、サンジェルマヌスさま。あなたには、出会った頃のこの姿の方ががいいと思ったからよ。舞姫としてピロスに近づいた時も、この姿だったわ」

「おお、ありがとうありがとう。これで、思い残すこともない。さらばじゃ!」

 サンジェルマヌスの姿が消えると、すぐに時が流れ始めた。


 彫像ちょうぞうのように固まっていたカルスの口が、再び動き出す。

「……ます。ニノフのことはしばらく好きにさせ、当面は全力をげてカルボンの行方ゆくえを追いますよ。ん? そのお姿は?」

 カルスは、今までごつい初老の男であったはずの相手が、自分の娘と言ってもおかしくないくらいの少女に変わっていることに驚いた。

「あら、ごめんなさい。どうしたのかしら?」

 時の狭間はざまの記憶をうしなっているアルゴドラスは、いや、アルゴドーラは、可愛かわいらしく首をかしげた。

 その手の白く長い指に、先程さきほどまでなかったはずの金の指輪が光っていたが、本人が気づく前にスーッと消えた。



 その頃、やみちた聖王の、もう一人の孫は、自分の寿命じゅみょうが残り少ないことを自覚したもう一人の男と対峙たいじしていた。


 プシュケー教団の後継者にしたいという、教主きょうしゅサンサルスの申し出を受け、ウルスラは毅然きぜんとした態度で答えた。

「わたしたちのことを、わたしたち以上によくご存知なのね。でも、わたしの返事はもう決まっているわ。せっかくですけど、お断りします」

 サンサルスの顔が、微笑ほほえみの形のままこおりついた。

随分ずいぶん即断そくだんなのですね。考える余地よちもないのですか?」

「わたしは、というより、ウルスはバロードの世継よつぎよ。たとえ今は流浪るろうの身であっても、いずれ時が来れば王位にかなければならないの。兼務けんむすることはできないわ」

 サンサルスの顔に、かすかにあざけりの色が浮かんだ。

「おやおや。王女はエイサでの出来事をお忘れのようだ。中原各国の代表が見護みまもる中、魔女として断罪だんざいされたあなたが、王位を継承けいしょうできるとお思いか?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ