表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
181/1520

173 聖魔王(1)

 サンジェルマヌスの潜時術せんじじゅつによる時の狭間はざまの中で、かつて蛮族の帝王カーンであったカルス王は彫像ちょうぞうのように固まっていた。

 動いているのは、サンジェルマヌス本人と、蛮族たちにはカーンの父ドーンとして知られている人物であったが、今、サンジェルマヌスは「アルゴドラス」と呼びかけたのである。


「その名で呼ばれるのは、随分久しぶりだな。正確には、二千年ぶりとうべきか」

 その返事に、サンジェルマヌスはフンと鼻で笑った。

「確かにわしにとっては二千年じゃが、おまえにとっては二十年ほどであろう。時を渡ったな?」

 ドーンは、いや、アルゴドラスはニヤリと笑った。

「まあ、そういうことになるかな」

何故なにゆえじゃ! 外法げほうじゃぞ!」

 アルゴドラスは両方のまゆを上げた。

「わが孫ウルスラを救うため、誰かも時渡りの外法を使ったような気がするが?」

わずか一日じゃ! おまえとはちがう! 無茶むちゃな時渡りで、北方に結晶毒の森ができておるではないか!」

 激昂げっこうして言いつのるサンジェルマヌスに、アルゴドラスは冷笑を浮かべて「少しは落ち着け。自分のとしを考えよ」となだめた。

 興奮がややおさまり、サンジェルマヌスはむしろ悲しげにかぶりを振った。

「かつては聖王とさえ呼ばれたおまえが、いったいどういう理由わけなんじゃ?」

 ドーンの時にあったあたたかみのようなものが消え、冷厳れいげんそのものの表情で、アルゴドラスは真面まともにサンジェルマヌスをにらんだ。

「それは人間どもの勝手。から聖王などと名乗ったことはない。それから、おまえはしきりに理由を聞くが、数千年を生きるおまえには、言ってもわかるまい。限りある生命いのちかなしみはな」

「わしとて不死ではないわい! その証拠に、間もなく寿命じゅみょうきるはずじゃ!」

 アルゴドラスは、皮肉なみを浮かべた。

「ほう。それはお気の毒だな。残り少ない生命なら、大切にすることだ。余の邪魔じゃまなどせずにな」

 何か攻撃を仕掛しかけるように身構みがまえるアルゴドラスを、サンジェルマヌスは「待て!」とめた。

「邪魔をするつもりもないし、そのような力もないわい。それは、おまえもわかっておろう。わしはただ、朋友ともとして知りたかっただけじゃ。おまえほどの男が、外法を使ってまで何をやろうとしておるのかをな」

 アルゴドラスは構えをき、フッと表情をゆるめた。

「朋友か。そう呼ぶ相手も、最早もはやほかにおらんな。よかろう。話してやろう」



 おまえも知っているように、ダフィニア滅亡後、中原に渡った余は、自分の国をつくった。

 最初は、今のバロードと同じ場所に、同じくらいの大きさであったよ。

 それで良いとも思っていた。

 余の思いどおりの小天地しょうてんち、地上の楽園を目指めざしたのだ。


 ところが、これは今でもそうだが、大河たいがや山脈などのさえぎるものが何もない平坦へいたんな中原では、その一部だけで独立して国を保つのは困難であった。

 全体を統一する強大な帝国をきずかぬ限り、際限のない戦乱におちいる。

 それは、中原という地域の、地政学的ちせいがくてき宿命しゅくめいなのだ。

 余は中原を統一するしかなかったし、その力もあった。

 聖剣せいけんすなわ干渉機かんしょうきを持っていたのでな。

 干渉機は人に使えばその精神こころを自由にあやつり、時空に使えば自在じざいに時間や空間を越える。

 統一は、然程さほど難事なんじではなかった。

 そうしてみずからの王国を子孫に残し、静かにこの世を去るつもりであった。

 少なくとも、中原の中には、不安な要素はなかったからな。


 その頃、北方は今以上に未開で、脅威きょういにはなるまいと思いながら、念のため調べてみた。

 そこで、余は見つけてしまったのだ。

 本当の脅威、真の危険をな。

 そうだ。白魔ドゥルブだ。

 ドゥルブ自体が何なのか、余にもわからん。

 あれは、明らかにこの世界のものではない。

 だが、危険な存在であることはよくわかった。

 そこで、余は少し未来を見たくなったのだ。

 折角せっかく創った王国が、どうなるのかを。

 見たら、結果にかかわらず、戻るつもりであった。

 ただ、大きく時空に干渉することになるから、結晶毒の発生はけられない。

 なるべく差しさわりのない場所として選んだのが、今の結晶の森さ。

 蛮族が近づかぬよう、預言者よげんしゃのフリをしたのが、蛮族の帝王の始まりだが、それはまた別の話だ。

 とにかく、余は北方で未来にび、中原に戻って自分が創った王国のその後の様子を見た。

 そして、心底しんそこガッカリした。

 余の子孫の血が薄まり、次第しだいに人間に近づくことは想定していたが、あそこまで堕落だらくするとは思わなんだ。


 ついには王国が滅び、戦乱の世となったが、いずれ子孫の誰かが立ち上がり、再び中原を統一するのではないかと、あだな期待をしたが、無駄であった。

 子孫はすでに完全に普通の人間になっており、干渉機を操作できぬようになっていたのだ。

 このままでは、あと何千年戦乱が続くとも知れぬ。

 余は、本格的に未来にかかわることを決意し、一度自分の時代に戻った。

 だまを用意し、干渉機で自分はアルゴドラスだと信じ込ませた。

 周囲の人間にもな。

 問題は干渉機をどうするかだ。

 未来に持って行くわけにはいかない。

 歴史が変わってしまうからな。

 そこで、干渉機自身に複製を作らせた。

 それが『アルゴドーラの魔剣』だ。

 だが、これには重大な欠陥けっかんがあった。

 文字どおりの、魔剣であったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ