164 首都陥落(2)
伝令に何か言い返そうとしたニノフは、天幕の外に人の気配を感じた。
「何者だ!」
「畏れ入りますが、首都バロンの陥落については、わたくしたちからご説明させていただきます」
「おお、そのお声はクジュケ閣下。どうぞお入りください!」
「失礼いたします。老師もご一緒でございます」
まず入って来たのは、共和国参与のクジュケであった。前を切り揃えた銀色の髪に、薄いブルーの瞳をしている。
耳がやや尖っていた。
いつもと違い、魔道師の服ではなく、文官の制服を着ている。
その後ろから、典型的な魔道師の恰好をした人物が入って来た。
見事な白髪であるが、灰色の瞳に計り知れない叡智を湛えている。
かつてエイサの魔道師の長であったケロニウスである。
気を利かせて伝令は天幕から出た。
ニノフは、部下に命じて二人に椅子と薬草茶を持って来させるとともに、暫く誰も入らせるなと告げた。
薬草茶を飲みながら、まず、ニノフは確認した。
「本当に僅か五百騎で首都が陥落したのですか?」
クジュケは小さく首を振った。
「そちらは、謂わば添え物。主役は鉄の巨人です」
「先程伝令もそのようなことを申していましたが、どういう意味ですか? 鉄の鎧を着たギガン族ですか?」
「いいえ。如何なる意味でも、生き物ではありますまい。しかし、他に表現する言葉もないため、仮にそのように呼んでいるのです。身長は人間の五倍はありましょうか。身体全体に甲冑を纏っているかのように金属に覆われておりますが、普通の鉄ではないようです。恐らく、何らかの合金と思われます。それがギガンどころか、生き物ですらないのは、その顔に当たる部分を見れば明らかです。あれは、一種の機械でしょう」
「機械とは?」
その質問には、ケロニウスが答えた。
「わしも、実際に見てから思い出したんじゃが、古い文献に、機械魔神、即ち、機械の魔神というものが載っておった。そもそもは、山地の開発のために造られたものじゃそうじゃ」
「誰が造ったのですか?」
ニノフに訊かれ、ケロニウスは遠くを見るような目をして答えた。
「聖王、アルゴドラス陛下じゃよ」
「えっ、では二千年も前のものですか?」
「そのものではなく、後世それを真似て造ったものじゃろう」
「うーん、まあ、実感は湧きませんが、そういうものが仮にあったとして、たったそれだけで、クマール将軍の首都防衛軍一万がやられるものでしょうか?」
クジュケとケロニウスは顔を見合わせていたが、代表してクジュケが「最初から順序立ててお話すべきでした」と言って、語り始めた。
昨日の朝、というより、夜明け頃ですが、首都バロンの北側にある村落から出火しました。
当初、普通の火事だと思われていたのですが、瞬く間に村中に拡がりました。
村人が訝っていると、ガシャン、ガシャンと板金鎧を着た騎士が歩くような音が、但し、その何倍も大きな音が聞こえてきたというのです。
勿論、それが鉄のギガンでした。
いえ、魔神と呼んだ方がいいのでしょうか。
ともかくそれが、口から火を噴きながら歩いて来ていたのです。
その後ろから、五百騎程の蛮族の部隊がついて来たのですが、殆ど何もしなかったそうです。
攻撃は、全て魔神に任せているようでした。
村人から救いを求められ、クマール将軍は、まず千人隊を出撃させました。
この判断自体は妥当だと思います。
しかし、魔神には、こちらの武器は何一つ効かず、逆に、口から出る炎に焼かれ、更に、目から出る光で、甲冑ごと融かされたのです。
散々な目に遭わされたところで、五百騎の蛮族の内、首領と思しき仮面の男が前に出て来ました。
男は仮面を脱ぐと、大きな声でこう言ったそうです。
「余を見忘れたか! おまえたちの王、カルスである! 余は生きて戻ったのだ! これ以上、裏切り者のカルボンのために死ぬことはない! 再び余に忠誠を誓え! さもなくば、余はこの地を焦土と化しても、裏切り者のカルボンを斃すまで戦う!」
生き残った兵士たちは驚き、それ以上戦うことを止めて逃げ戻りました。
先王カルス陛下がご存命で、カルボン総裁への復讐のために攻めて来たとの噂は、すぐに広まりました。
兵士の中には自ら武器を捨ててしまう者も多く、首都防衛軍は内部から崩壊したのです。
カルボン総裁を良く思っていなかった国民の間からも、カルス王を慕う声が上がり、蛮族軍五百騎は、易々と首都バロンに入りました。
クマール将軍とその側近たちは最後まで抵抗しましたが、魔神に焼かれ、落命されました。
カルボン総裁はとっくに逃げ出しており、かつての王宮、今の総裁庁舎は蛮族軍に占拠されました。
わたくし自身は、カルボン総裁に対して、内心では不満だらけであったものの、拾われた恩もあり、助けてさし上げたいと思いました。
ところが、どこにも姿が見えず、偶々再会した老師と一先ず逃げることにしたのです。
クジュケがそこまで喋った時、別の伝令が駆け込んで来た。
「申し訳ございません! 火急の使者が龍馬にて参っております! 直ちに叛乱を止め、王都バロンに帰参せよとの、カルス王のご命令とのことです! 従わぬ場合は、国家叛逆罪にて討伐すると!」